ボレロ - 第三楽章 -



翌朝、気を取り直して 「おはよう」 と言えただけでもたいした進歩だと思う。

物分りのいい妻になるのは、まだまだ時間がかかりそう。


 
「三谷さんに相談したいことがあるの。今日はいらっしゃる?」


「相談があるなら連絡しようか?」



昨夜、私の不機嫌を感じ取ったのか、今朝の宗は妙に優しい。 

私の機嫌を伺っているのだろう。

気を遣ってもらえるのもいいものだ。

いつまでも拗ねていては大人気ないと思い 「お願いね」 と少し可愛く言ってみた。

「わかった。連絡しておく」 と即答した宗の顔は、どことなくほっとしていた。

 



三谷さんの仕事は家の管理全般にわたり、宗の身の回りだけでなく、家のすべてが三谷さんによって整えられている。

宗のような立場の人にとって衣服の管理は重要で、背広もクリーニングばかりではない。 

スーツによっては専用のブラシで生地をならし、細かな部分の手入れは人の手で行わなければならない。

靴、ネクタイ、カフリンクスなど、個々に使用後の手入れが必要であり、それらを三谷さんは心得ている。

衣装の管理など教えていただくことも多い。

今日は午後から、片付けの手伝いをお願いした。



「京極の大奥さまには、大変お世話になりました。

若い頃覚えたことが、こうしてお役に立つのは嬉しいですね」


「京極の大奥さまとは紫子さんのおばあさまですね。

とてもお洒落な方でいらしたそうですね」


「それはもう……衣装のお部屋の管理も大奥さまに教えいただきました」


「私にも教えていただけますか」


「私でお役に立つのでしたら。それで、どういったことを?」


「ドレスが増えそうなんです。それもかなりの数になりそうなの。 

お着物も少しずつ持ち込んでと思っていますけど、この広さでは無理がありますでしょう」


「さようでございますね……」



宗のマンションの部屋の一室が私の自室になったが、衣装の収納に苦慮していた。

部屋に備わっているウォークインクローゼットは決して小さくないが、服だけでいっぱいになりそうな気配だ。

三谷さんは私の話を聞き、運び込んだ荷物の数々と、すでにクローゼットにしまわれた衣服を
しばらくながめていたが、新居に移る予定もあると聞くと、
 


「こちらのお部屋すべてを、クローゼットになさってはいかがでしょう」 



と、大胆なプランを示した。

部屋そのものを衣裳部屋にしてしまうというもので、聞いたときは驚いたが、管理のしやすさだけでなく、機能性も考えられたプランに感心した。



「これでしたらリフォームの必要もございません。 

通気性も良く、お衣装のためにもよろしいのではないでしょうか」


「そうですね。詰め込んでしまっては取り出すのも大変。

なにがどこにあるのかわからなくなりそう」


「収納を把握していけば、必要なお品がすぐに取り出せます。 

目に見えるように収納することだと私は教わりました」


「目に見えるようにですか……衣装に限らず大事なことかもしれませんね。 

アクセサリーやバッグ、靴も増えるでしょう。三谷さん、お手伝いいただけますか」



おまかせくださいと心強い声があり、この部屋の管理もお願いした。 



「こちらのドレスが式のお衣装ですね。なんて綺麗なお色でしょう」


「二人の結婚式には 『SUDO』 が扱う生地で仕立てたドレスを着るようにと、社命だったんですよ」


「社命ですか?」


「えぇ、特に静夏ちゃんのウェディングドレスには、社運がかかってるんですって。

これもビジネス戦略だよ、なんて叔父は言ってましたけど、お洒落ができるんですもの、女性には嬉しいですね」


「ワクワクするお話ですね」

 

三谷さんが楽しそうにおっしゃって、私のイブニングドレスを眩しそうに眺めた。

知弘さんと静夏ちゃんの結婚式は今週末に迫っていた。