母親たちから離れ、私のそばにきた珠貴は 「驚くことばかりね」 ともっともな感想を口にした。
「宗が内緒だと言っていたのは、こういうことだったのね」
「俺も驚いてるんだ。
親父に ”何があっても黙ってろ、口を挟むな” と言われていたが、まさかこんなことになるとはね」
「そうだったの……
でも、静夏ちゃんの結婚式に、二人並んで出席したいと言ってくれたのは宗でしょう?」
「結局はそういうことになるんだが……
珠貴の誕生日までに入籍したいと両親に話したらこうなった」
「まぁ、誕生日までに……それが内緒だったの?」
「うん」
嬉しそうな顔を見せてくれたのだから、珠貴も入籍に異存はないのだろう 。
かなり強引だったが、私と珠貴の問題……すなわち、近衛家と須藤家の問題は見事に解決した ということになる
父の思い切った決断がすべてを解決してしまった。
良いところはすべて父に持っていかれたが、これも ”父親の出番” によるもので、親孝行だと思えばいい。
「本当にこれでいいの?」
「うん?」
「宗が須藤の姓になること……ここにきて初めて知らされたんでしょう?
それは、宗の意思じゃないわね」
「俺はいいよ。これで何もかもうまくいくんだ、親父の了解があるんだからね」
「そうだけど……」
「正直なところまだ実感はないよ。
さまか、珠貴のところに婿入りするとは思ってもみなかったからね。
結婚する女性の気持ちを味わってる気分だな」
私を気遣う珠貴の負担にならないように、できるだけ気安く話しかけた。
「そうよね、心の準備だってできていないのに申し訳ないわ。
ごめんなさい、父のわがままを通すことになって……本当にごめんなさい」
何度も謝る姿が切なかった。
そんなことはないよと伝えるが、珠貴の顔の曇りは一向に晴れてはこず、私の胸の奥の燻りもだんだん大きくなっていく。
「珠貴はこれでいいのか。家を出たのは、自分たちの思いを伝えるためだろう?
わかってもらうまで、何度も訴えるって言ってたじゃないか」
「そうだけど……こうなってしまったら、私の言い分は意味をもたなくなるでしょう。
宗が須藤の籍に入ることで、何もかも解決してしまったんですもの」
「そんなことはない。いまだから言っておくべきだ。
これから須藤家に関わっていく俺の問題でもある。君のお父さんにわかってもらわなくては」
珠貴の手首をつかんで、打ち合わせに入っている父親たちのそばへ行った。
須藤社長の横に立ち 「お聞きしたいことがあります」 と切り出した。
血相を変えて珠貴を連れてきた私を見て、須藤社長が怪訝そうな顔をし、父はいまさら口をはさむなとでも言いたそうな顔だった。
「君の疑問には何でも答えよう。誤解や行き違いがあってはならない。何でも聞いて欲しい」
「ありがとうございます」
珠貴の手首をつかんだまま、私は深く頭を下げた。
もういいの、やめましょうと小さく抵抗する珠貴の手をもっと強く握る。
「私は結婚に前向きであるということを先にお伝えしておきます。
誤解なさらないでいただきたいのです」
「わかりました。それでは話を聞きましょう」
「将来、私たちに子どもが生まれて、それが女の子であったら、やはり他家への結婚はお認めにならないおつもりですか」
「宗一郎君、それは君が須藤の家に入ることを納得していないということですか」
「いいえ、そうではないと先ほど申し上げました。将来について伺っております」
「君にも娘が生まれたらわかってもらえると思うが、娘には平穏な道を歩いて欲しいと願うものだ。
女であるがゆえに中傷を受けたり、いらぬ攻撃にさらされることもある。
それらを防ぐためには、手元に置いておくことこそ安全ではないだろうか」
「確かに安全でしょうが、人としての尊厳はどうなるのでしょう。
子ども個人の意思は存在しないのですか」
「そんなことはない、自由にさせるために守るのだよ。親とはそういうものだ」
親とはそういうものだ……
親の経験のない私にはこの言葉は非常に重く、けれど理解しがたい。
「ですが」
「宗一郎、そこまでにしなさい。おまえが言うべきことではない」
父の声に私はなす術を失った。



