「こうして近衛さんにお越しいただいたので、ご両親に私の気持ちをお話させていただきます」
「須藤さん、そのまえに、まず私の話を聞いていただきたい」
「それはかまいませんが……申し訳ありませんが、どのようなお話を伺っても、私どもの気持ちは……」
「そうおっしゃらず、まずは私の話を聞いて、それからということで」
相手の言葉を遮るなど失礼極まりない行為であるにもかかわらず、父はあえて須藤社長の言葉を遮り自分の言葉をかぶせた。
父の行動の無謀さをさぞ驚いているのではないかと母を見ると、いつもの穏やかな顔のままだ。
両親のこの落ち着きはどうしたことか。
須藤社長を納得させるだけの解決策を用意してきたのだろうか。
わかりました……としぶしぶ了解した須藤社長を見て、ありがとうございますと礼を述べた父は、もう一度茶碗に手をのばした。
口をしっかり湿らせて話をしようということだろう。
「宗一郎から珠貴さんを紹介されて、なんと素晴らしい女性にめぐり合ったものかと、父親として大変嬉しく思いました。
ぜひ珠貴さんと結婚して、将来を築いて欲しいものだと思いました」
「近衛さん、ですからそれは」
すかさず口を挟んだ須藤社長へ、父は 「まぁ、聞いてください」 と両手を挙げて言葉の先を抑えた。
鷹揚な父の態度は、横で見ているだけで心臓に悪い。
「息子がなかなか結婚を言い出さず、どうしたのかと思っておりましたら、珠貴さんはいずれ須藤の家を継がれる方と聞きまして、なるほど、それで悩んでいるのかとわかりました。
このような場合、親はどうするべきか正直悩みました。
須藤さんの事情は充分に理解しているつもりです。もちろん我が家にも事情がある。
息子には思いを遂げさせてやりたい、けれどそれは難しい状況です。
折り合いをつけるにはどうしたらよいか……答えはひとつ……
どちらかが折れるしかありませんね」
そこまで話して、ふぅ……と息を吐いた父をみなが見つめている。
この先、何を言おうとしているのか、固唾を呑んで見守った。
「いや、折れるという言い方は適切ではないのかもしれません。
どちらかが引けばいいのだとの結論にたどり着きました。
須藤さんが無理ならば、私どもが引けばいいのです。実に簡単ではありませんか」
「簡単ですか……それはどのような」
「宗一郎が近衛の家から出ればいいだけのことです」
「近衛さん、なんとおっしゃいましたか」
驚いて父へ問いかけた須藤社長の顔は、信じられない言葉を聞いたような表情で、実際そうなのだが、確かめずにはいられなかったのだろう。
私など父の言葉の意味を理解するまでに、いくらかの時間を要した。
私が家を出る、すなわち、須藤の籍に入るということだ。
その発想はなく、自分側から動くことは想定外だった。
「本当ですか?」
「はい」
「よろしいのですか」
「私は良策だと思いますが」
父親二人のやり取りを聞きながら、徐々に頭の中が整理されてきた。
近衛には、私のほかに潤一郎がいる。
家の名前が消えることはないのだから、確かに良策かもしれない。
驚きが納得に変わり、父の大胆な提案に感動すらしてきた。
近衛の籍を抜けることに抵抗がないとは言えないが、ほかに方法がないのなら受け入れるだけだ。
なにより両親がそれでいいと言ってくれているのだから、私に反対する理由はない。
しかしこれは本当なのか、父が考えた駆け引きではないのかとの疑いが残る。
「近衛さんからそのような申し出をいただけるとは、思ってもおりませんでしたので、なんと言いますか……
宗一郎君は長男ですが、本当によろしいのですか」
「宗一郎は私の跡を継ぐことになっております。それさえ叶えば、私どもに問題はありません」
きっぱりと言い切った父の声に迷いはなかった。



