ボレロ - 第三楽章 -



「こうして近衛さんにお越しいただいたので、ご両親に私の気持ちをお話させていただきます」


「須藤さん、そのまえに、まず私の話を聞いていただきたい」


「それはかまいませんが……申し訳ありませんが、どのようなお話を伺っても、私どもの気持ちは……」


「そうおっしゃらず、まずは私の話を聞いて、それからということで」



相手の言葉を遮るなど失礼極まりない行為であるにもかかわらず、父はあえて須藤社長の言葉を遮り自分の言葉をかぶせた。

父の行動の無謀さをさぞ驚いているのではないかと母を見ると、いつもの穏やかな顔のままだ。

両親のこの落ち着きはどうしたことか。

須藤社長を納得させるだけの解決策を用意してきたのだろうか。

わかりました……としぶしぶ了解した須藤社長を見て、ありがとうございますと礼を述べた父は、もう一度茶碗に手をのばした。

口をしっかり湿らせて話をしようということだろう。



「宗一郎から珠貴さんを紹介されて、なんと素晴らしい女性にめぐり合ったものかと、父親として大変嬉しく思いました。

ぜひ珠貴さんと結婚して、将来を築いて欲しいものだと思いました」


「近衛さん、ですからそれは」



すかさず口を挟んだ須藤社長へ、父は 「まぁ、聞いてください」 と両手を挙げて言葉の先を抑えた。

鷹揚な父の態度は、横で見ているだけで心臓に悪い。 

 

「息子がなかなか結婚を言い出さず、どうしたのかと思っておりましたら、珠貴さんはいずれ須藤の家を継がれる方と聞きまして、なるほど、それで悩んでいるのかとわかりました。 

このような場合、親はどうするべきか正直悩みました。

須藤さんの事情は充分に理解しているつもりです。もちろん我が家にも事情がある。

息子には思いを遂げさせてやりたい、けれどそれは難しい状況です。

折り合いをつけるにはどうしたらよいか……答えはひとつ……

どちらかが折れるしかありませんね」



そこまで話して、ふぅ……と息を吐いた父をみなが見つめている。

この先、何を言おうとしているのか、固唾を呑んで見守った。



「いや、折れるという言い方は適切ではないのかもしれません。

どちらかが引けばいいのだとの結論にたどり着きました。

須藤さんが無理ならば、私どもが引けばいいのです。実に簡単ではありませんか」


「簡単ですか……それはどのような」


「宗一郎が近衛の家から出ればいいだけのことです」


「近衛さん、なんとおっしゃいましたか」



驚いて父へ問いかけた須藤社長の顔は、信じられない言葉を聞いたような表情で、実際そうなのだが、確かめずにはいられなかったのだろう。

私など父の言葉の意味を理解するまでに、いくらかの時間を要した。

私が家を出る、すなわち、須藤の籍に入るということだ。

その発想はなく、自分側から動くことは想定外だった。



「本当ですか?」


「はい」


「よろしいのですか」


「私は良策だと思いますが」



父親二人のやり取りを聞きながら、徐々に頭の中が整理されてきた。

近衛には、私のほかに潤一郎がいる。

家の名前が消えることはないのだから、確かに良策かもしれない。

驚きが納得に変わり、父の大胆な提案に感動すらしてきた。

近衛の籍を抜けることに抵抗がないとは言えないが、ほかに方法がないのなら受け入れるだけだ。

なにより両親がそれでいいと言ってくれているのだから、私に反対する理由はない。

しかしこれは本当なのか、父が考えた駆け引きではないのかとの疑いが残る。



「近衛さんからそのような申し出をいただけるとは、思ってもおりませんでしたので、なんと言いますか……

宗一郎君は長男ですが、本当によろしいのですか」


「宗一郎は私の跡を継ぐことになっております。それさえ叶えば、私どもに問題はありません」



きっぱりと言い切った父の声に迷いはなかった。