ボレロ - 第三楽章 -



単独で須藤社長を訪ねたのは、もう何度目になるだろうか。

面会をお願いすれば会ってくださるのだから可能性はあると思うのだが、「会えない」 と拒絶されないのは、須藤社長が礼を重んじる方だからなのかと考えたりもする。

律儀に面会に応じくださるものの、 



「お許しをいただけないでしょうか」 


「それは認められない」 



毎回同じ会話が繰り返されるだけなのだ。


珠貴の母親と伊豆の会長夫妻の了解も得た、近衛の両親の同意もある、須藤家に強い影響力がある岩倉氏の協力ももらった。

珠貴の叔父で 『SUDO』 の専務である知弘さんは全面的に賛成であり、友人知人も応援してくれている。

ここまで周囲の理解を得ながら、珠貴の父親の気持ちだけが動かない。

こうなると奇跡を待つしかないのだろうか。

それとも、何らかの突破口がまだ残されているのか……


珠貴の誘拐事件の解決に、近衛グループが動いたことや 『SUDO』 に降りかかったトラブルを回避するために、私がさまざまに画策したことなどはこれまで伏せてきた。

それらをあえて公表するつもりも、須藤社長の耳に入れるつもりもなかった。

珠貴との結婚を認めてもらうために、私が故意に動いたと思われたくなかったのだ。

けれど、それでは君の努力は埋もれたままだ……こう言ってくれたのは友人たちだ。

周辺からそれとなくわかればいいだろうと説得され、私も首を縦に振った。


友人たちが流した私に関する噂やマスコミからのものも含め、須藤社長の周辺は情報で埋め尽くされつつある。

私が珠貴に関わってきた事柄が、いまさらのように目に耳に入ってくる環境におかれ、もしかしたら……と変化を期待したが、須藤社長の気持ちを変えるほどの効果はいまだ得られずにいる。

珠貴の母親が心配するように、追い詰められて、さらにかたくなになっているのかもしれない。

私たちがやっていることは逆効果ではないか……

そんな思いが胸に広がっていた。



いつまでも良い報告が届かないことに業を煮やしたのか 「親らしいことをさせてくれ」 と、父から、私と一緒に須藤家へ同行したいと言ってきた。

手を尽くしたが思うような成果もなく困り果てていたときでもあり、父の申し出を受け入れた。

けれど、父の力を借りるのは最後だと決めている。

横にいてもらうだけでいいと伝えると、意外な返事が返ってきた。



「おまえこそ私の隣りにいるだけでいい。私の言うことを黙って聞いているように」


「それは困ります。親の力を借りなければ、何もできないのかと思われてしまう」


「そんなことはない。珠貴さんと結婚したいと思うなら、口を挟むんじゃないぞ。いいな」


「ですが」


「宗一郎、父親の出番をじゃまするな」



それ以上の質問は受け付けないと、ぴしゃりと言われてしまった。

父に秘策でもあると言うのだろうか。




翌日、自信ありげな父とともに須藤家を訪れた。

母も同行したのは予想外だったが、両親ははじめからそのつもりだったようだ。

親子で現れた私たちを前にして、須藤社長の緊張の度合いが大きく感じられた。

それもそうだろう、私を相手にするように 「認められない」 とひと言で片付けてしまうわけにはいかない。

部屋に漂う張り詰めた空気が重苦しい。

その日の須藤家の応接間には、両家の両親と私と珠貴の6人がそろい、みな息をひそめて座っていた。



「本日はお時間をいただきまして、ありがとうございます」


「こちらこそ、わざわざご足労いただきまして恐縮です」



父親同士のごく当たり前の挨拶が交わされるが、互いに警戒しているのか顔の険しさが普通ではない。

運ばれてきた煎茶を勧められ、それではいただきますと言った父の声すら固いもので、茶碗の蓋をはずす音がやけに部屋に響く。

私も茶碗を口に運んだが、茶の風味を感じる余裕などない。

母だけが 「まぁ、いい香りですこと」 と落ち着いたものだ。

黙っていろと言われたため、双方の親の出方を見守るしかなく、珠貴も私と似たようなもので、口を固く結んでいた。