ボレロ - 第三楽章 -



夜の思考は暗いほうへと進み、暗闇から抜け出せなくなるものなのか。

思うような結果が出せず、行き詰ったとの思いが強くなる。

懸命に明るくしようとつとめる珠貴へ、気の利いた返事もできない自分のふがいなさにも腹が立つ。

情けなくなりうつむく私へ、珠貴はさらに話題を変えてきた。



「岩倉の大叔父に会ってくださったそうね。あの大叔父に接触するなんて驚きよ。

どうやってコンタクトをとったの? 宗の情報網はすごいわ」


「ある人から、須藤家に関わりの深い方だと聞いたんだ。ぜひお目にかかりたいと思った。

俺の顔と名前を覚えてもらいたくて、挨拶をさせてもらった。 

そういう珠貴の情報も早いじゃないか」


「岩倉の大叔父が、孝一郎に会いたいとおっしゃって、昨日の夕方、急な訪問だったの。

私も居合わせたので、大叔父からお話を聞いたのよ。

近衛宗一郎君に会った、なかなかの男だと嬉しそうにおっしゃるの。なんだかくすぐったくて」


「君は家に戻ったのか」


「いいえ、父と話をするために毎晩のように自宅に通ってるわ。自分の家なのに変でしょう?」



家に通うという表現が自分でもおかしかったのか、忍び笑いをもらしている。



「あなたが大叔父と会ったことは、父には伏せてくださったの。安心してね」


「それはありがたい。さっそく須藤社長に会ってくださったのか……それで、どうだった」



私の問いかけに、珠貴はため息をついた。

結果はかんばしくなかったということか。



「大叔父さまの説得にも相変わらず ”私の考えは変わりませんので” の一点張りよ。

近衛家との縁を大事にしたほうがいいと言ってくださったのに、知弘が近衛家と関わっておりますので……

なんて返して、平然としてるんですもの。

大叔父には大事な家柄も、父には通じなかったわ」


「そうか……砦は固いな。どこから崩せばいいのか」


「伊豆の祖父母や、岩倉の大叔父まで私の味方をするものだから、父も意地になってるんでしょう」

 

つい弱気な言葉がでてしまった私へ、珠貴が懸命に話しかける。

先夜は私が彼女を励ましたのに、今夜は立場が完全に逆転していた。



「でもね、母は喜んでいたわ。岩倉の大叔父さまの応援があれば心強いそうよ。

ことあるごとに親族が口を挟んできたのよ、母は反発しながらも耐える方が多かったはずですもの。

大叔父の後ろ盾があれば、もう怖いものはないわ。あとは父だけね。

宗が周囲を固めて私が内側から崩せば、父の意地も持ちこたえられないでしょうね」



珠貴は私の策をちゃんと理解している。

そうだね、と言葉にしようとして 「でもね」 という声を遮られた。



「母は父の心配をしているの。追い詰められたら、気持ちの行き場がないはずだって。

もっとかたくなになるんじゃないかと思っているみたい。

体も心配だから、お父さまにあまり強く言わないでね、なんて私に言うのよ」


「須藤社長の健康に心配でも?」


「いいえ、いまは健康そのものよ。でも、母には父の無理が見えるから気になるんでしょうね。

どこまでも父の味方ですから……

私と父の間に立って悩みも多いはずなのに、母は強いわ」


「うーん……難しいものだね。それで、どうする、説得を緩める?」


「そのつもりはないわ。私は父が結婚を反対する理由に納得がいかないの。

娘であることを否定されたままなのよ。私の考えをわかってもらうまで何度でも訴えるつもり。

紗妃も同じ思いですから」


「紗妃ちゃんはどうしてる。青木先生のところに行ったっきりなんだろう?」


「あの子は楽しそうよ。気難しい顔の父もいないし、小言を言う母もいないんですもの。 

祖父母に可愛がってもらって快適でしょう。

学校は自宅より青木の家の方が近いの。通学時間が減ったから勉強にも集中できるんですって。 

”珠貴ちゃん 頑張ってね” なんて、気楽に言ってるわ」


「紗妃ちゃんらしいね。勉強の環境に問題がなくて良かった」


「えぇ、勉強をしようと思う気持ちは本物だったようね。

紗妃にはしばらく青木の家で過ごしてもらって、私はひとりで頑張るつもり」
 
 

珠貴の意思は変わらない、それは須藤社長も同じだ。

一族で発言力のある岩倉氏の言葉にも動じなかったのだから、珠貴が言うように意地も手伝っているのだろう。

簡単には崩せそうにない。

いまだ、これといった手立ては見つからないが、それでも前に進むしかないのだ。