翌々日、さっそく岩倉理事長にお会いすることになった。
父の力がなければ、これほど早くお目にかかることはできなかっただろう。
岩倉修一氏は 「よくきたね」 と、心待ちにしていたように迎えてくださった 。
おっとりとした物腰と威厳が備わっているのは名家の出身の証だろう。
「近衛社長から聞いていますよ」 と切り出され、
「珠貴は素晴らしい相手を選んだようだ。近衛家との縁は喜ばしい。
何より、私は君が気に入った。末永くよろしく頼む」
私が話さずとも、訪問の目的は早々に達成されてしまった。
岩倉修一氏の話を聞くばかりで、ほとんど語りもせずにいる私の、どこを見て気に入ってくださったのかわからないが、ともかく上手く運んだようだ。
「孝一郎と珠貴の根くらべだね。だが、この勝負、負けるのは父親と決まっている」
さほど心配もしていない岩倉理事長の言葉に、先の明るさが見えてきた。
私ができるのはここまでだと言いながら、父は手はずを整えてくれていた。
岩倉理事長にどのように話してくれたのか、息子の立場ではわかりかねるが 、父が言うところの 「父親らしいこと」 をしてくれたのだ。
訪問の成果を報告するために、岩倉氏との対面のあと父に電話を入れた。
『そうか、よろしく頼むと言われたか。よかったな』
『ありがとうございます。お父さんのおかげです。
岩倉理事長に、事前に話をしてくださったようですね』
『なに、話の流れでそうなっただけだ。たいしたことはしていない。
私がというより、近衛の名前が効いたようだ。あぁいう御仁は家柄に執着なさる。
近衛の名前がわずらわしい時もあるが、たまにはいいこともあるものだ』
良い報告を待ってるぞと、父の声は軽やかだった。
その夜、珠貴から 「会いたい」 と嬉しい電話をもらった。
私から会いに行くと言うと 「私が行くわ」 と、さりげなくこちらの提案を退けた。
まだ住まいを教える気はなさそうだ。
電話からほどなく珠貴がやってきた。
玄関に立ち 「宗に会いたくなったの」 と先日と同じ言葉を口にしたが、あのときとは別人のように颯爽としている。
腰を引き寄せると 「私に会いたかったでしょう?」 と自信ありげに確かめてくる。
「そうだよ」 と返事をする代わりに乱暴に唇を重ね、部屋の中へ招き入れた。
「昨日、静夏ちゃんとお母さまにお会いしたのよ。
結婚式のお衣装合わせだったんですって。静夏ちゃん、出産で一段と細くなったでしょう。
何度も仮縫いしたそうよ」
「あっ、来月だったな」
「やっぱり……」
「なに?」
「静夏ちゃんが ”宗は私の結婚式のことなんて忘れてるわ” って笑ってたの。
その通りだったみたいね」
出産で先延ばしになっていたが、知弘さんと静夏は来月結婚式を挙げる。
結婚式はしたくない、お披露目なんて必要ないと言っていた静夏だったが、知弘さんの立場や家の体面もあり式を挙げることになった。
あれほど面倒だと言っていた静夏が、率先して式の準備をしているという。
知弘さんが静夏のために用意したドレス生地が素晴らしく、誂えたウエディングドレスを着るためらしい。
婚礼衣装には興味がないと言っていた珠貴も、静夏のドレスが気になるの目が輝いている。
いざそうなると興味がわいてくるのだろうか……
女性の心理は計り知れないものだ。
「お母さまが、ふふっ……」
「うん?」
「”珠貴さんのお席は、宗一郎の隣りでもいいのよ” とおっしゃってくださったの。
そんなこと無理でしょうけど、お気持ちが嬉しくて」
「そうか……俺たちの席は互いの親族席だ。めいっぱい離れているからな。
お袋、そんなこと言ったのか……」
「”お式までにまだ時間がありますから、お席の変更いつでもできますから”
なんて静夏ちゃんに言われて、返事に困ったわ……
宗、静夏ちゃんの結婚式、忘れないでね」
お二人の気持ちが嬉しいのと言いながら、どこか寂しそうな顔の珠貴に 「隣りに座れるようにするつもりだ」 と言ってしまいたい。
そのための準備を進めている、待っていてくれと……
しかし、この時点で約束はできない。
徐々に周囲は固まりつつあるが、最後の砦が強固すぎる。
もう少し手応えが得られたら君に言えるのに……
もどかしい気持ちから、つい乱暴に
「俺は、いまそれどころじゃないよ」
口ごたえのように返した。
私が不機嫌になったと思ったのか、
「冬真君はお留守番だったみたい 会えなくて残念だったわ」
珠貴はさりげなく話題を変えた。
彼女に余計な気遣いをさせてしまったことで、私はより自己嫌悪に陥った。



