私にとてつもない幸運がめぐってきたのだろうか。
夢の中で願ったことが現実になるまさかの出来事に、半信半疑で父に聞き返した。
「岩倉文化財団ですか。岩倉電工が持っている財団ですね」
「そうだが、それがどうした」
「岩倉家といえば、古くからの家柄だそうですが……まさか、こんなところで名前を聞くとは」
社長室で行われるミーティングは、親子で顔を合わせる唯一の場になりつつある。
業務伝達に徹するときが多いが、まれに聞かされるのが、父が社外で名を連ねる役職や委員会などの報告だった。
いずれ私が引き継ぐのだろうが、いまはまだ知る必要のないことであり、耳を通り過ぎることがほとんどだ。
それが、父の口から発せられた 「岩倉」 の名前に、私は大きく反応した。
「今期から、岩倉文化財団の評議委員を引き受けることになった」
そう言った父へ、思わず一歩詰め寄っていた。
父が岩倉家に関わっていたとは……
突然目の前に現れたチャンスをつかまなければと思うが、あまりのタイミングに驚きの方がまさっている。
一歩詰めより聞き返しながら、次の言葉をためらう私を苛立ち顔の父が睨みつけた。
「その顔はなんだ。言いたいことがあるならハッキリ言え。
そうやって言葉を曖昧にするのは、おまえの悪いところだ」
「……実は……」
父に問い詰められ、須藤家とのつながりを話した。
岩倉氏とつながりを持つことで、珠貴に近づけるということも……
珠貴と結婚したいと気持ちを伝えた時、母が珠貴の気持ちを第一に考えて欲しいと言ったあとで、父は私を自室に呼びこんなことを言ってくれた。
彼女の気持ちを大事にしなければならない。
もちろんそれは大事なことだが、欲しいものは険しい道であっても果敢にとりにいけと、温和な父らしくない言葉だった。
自分の力を試してみろ、好きな女性を手にするための努力は男の醍醐味だ、などと珍しく熱く語ってくれたのだった。
その父が、岩倉氏の話を聞くと厳しい顔をした。
「どうして、岩倉さんを知らないかと私に聞いてこない。
岩倉さんを知っていたら紹介してくれと、なぜ私に言わないんだ。
親に遠慮などいらない。もっと頼っていいんだぞ」
「まさか、社長がご存知とは思わなかったので……」
「いまは父親だ」
「はい」
「おまえは一人で抱えすぎる。まぁ、そういう風に育てたのは私たちだが……
文化財団の理事長が岩倉修一氏だ。私から理事長に会えるように手配しておく。
私が手伝えるのはそこまでだ、宗一郎、それでいいな」
「ありがとうございます」
だから、そうかしこまるなと言ってるだろうと口では叱りながら、いたわりの目を向けられ深いため息のあと穏やかな声がした。
「潤一郎の結婚は早く決まっていたこともあり、私の役目は形式だけだった。
静夏の時は、考える暇もなく結婚させた。
おまえと理美さんの婚約解消にいたっては、まるで親の役目を果たせなかった。
宗一郎がすべてを抱え込んでいたとは……三宅会長にお聞きするまで気づかなかった。
何も知らされないというのは、親にとって切ないものだ」
「すみません……」
「おまえが謝ることじゃない。
宗一郎、今度は私に出番をくれるんだろうな。
須藤社長のもとに一緒に行って、親子で頭を下げてもいいんだぞ。
一度くらい父親らしいこともしてみたいじゃないか。
私はそのつもりでいるということを覚えておいてくれ」
「はい、そのときはお願いします」
その他人行儀な話し方はやめてくれと、また言われてしまったが、いまさら変えることは難しい。
どこか楽しそうな顔の父が、私に期待の目を向けていた。



