ボレロ - 第三楽章 -



『短期決戦か。わかった、俺もそのつもりでいくよ』


『おねがいね。そうだわ、会社で興味深い噂を聞いたのよ。

もしかして……あなたの仕業かしら』


『仕業ってのは穏やかじゃないね。どんな噂か聞きたいね』


『私が誘拐された時、近衛グループが救出に関わっていたらしい。 

中心になって動いていたのが、副社長、近衛宗一郎氏だった…… と、とても具体的なの。

私と宗の交際がマスコミに流れても、あの事件に触れる記事はなかったのに、今ごろどうしてこんな話が出てくるのかしら。 

このタイミングで噂されるなんて不思議ね』



噂の根源は私だと確信しているのか、ゆっくり言葉を並べながら追い詰める声は楽しそうだ。



『そうだね。今ごろどうしたんだろう』


『父の耳にも入ったみたい、専務が呼ばれたんですって。

知弘さんが、社長に詳しく聞かれたと言っていたわ。

父も知弘さんの話なら信じるでしょうね。

ねぇ、こうなるように仕向けたのは宗でしょう』



追い詰めたといわんばかりの珠貴へ、素っ気なく 『俺じゃないよ』 と返した。



『ふぅん、あなたでなければ誰かしら。 

ところで、宗は何をしているの? 私の短期決戦を応援してくれるんでしょう?』


『もう少し形になったら話すよ』


『自分だけ秘密なの?』


『君だって居場所を教えてくれないじゃないか』


『ふふっ、そうね』



珠貴からそれ以上の追及はなく、おやすみなさいの声が静かに耳に届いた。

父親と単独で向き合っている彼女のためにも、こちらは周囲を強固なものにしておかなければならない。

珠貴が聞いた噂は、おそらく浅見君が流したものだ。

櫻井君と浜尾君の案で、近衛宗一郎の名前が社長の耳に触れるようにと、あらゆる方面から情報を流すつもりだと言われていた。

最近まで 『SUDO』 の専務秘書をしていた浅見君は、会社内部に詳しいだけでなく、社員の友人も多い。

以前近衛で重役秘書をしていた彼女の話なら、信憑性が高いと思うはずだというのが浜尾君の意見だった。

漆原さん経由でマスコミにも情報がもたらされることになっている。

去年、浜尾直之と浅見君がマスコミを使って私たちを追い詰めたが、今度は私と珠貴に有利になるよう効果的に使うつもりらしい。



『アインシュタイン倶楽部のメンバーも参加しています。

どんな効果が出るか楽しみですね』



櫻井君と平岡は密に連絡を取り合っており、彼らの行動力に私も期待している。





自宅に帰りついたのは真夜中過ぎだった。

ベッドに体を沈め、天井の明かりを見ながら長い一日を振り返る。 

照明を落とした寝室に揺らめいているのは、平岡と蒔絵さんが贈ってくれたランプシェードの片割れの灯りだ。

もう片方は珠貴が持っている。

二つに別れたランプがひとつになるのはいつのことか……

そう先ではないと願いたい。

淡い灯りを眺めながら新たな課題を考える。

岩倉氏に会うためには、誰を頼ればいいだろうか。

揺らめく光を見ながら、あらゆる顔を思い浮かべていたが、ほどなく眠りについた。