「須藤社長の母親の実家は代々続いた家柄で、財力は昔ほどありませんが、各方面に顔が利き人脈は広いですね」
「珠貴の実の祖母の実家だね。名家だと聞いているが」
「岩倉家です。岩倉電工は一族の経営です」
「岩倉電工は事業を縮小したが、特化した技術を持っている。
岩倉電工は手堅い経営をしているはずだが」
「よく御存じですね。その岩倉家は須藤家に対して、今でも発言力があります。
現当主の岩倉修一氏は、須藤会長の亡くなった夫人の弟で、須藤家の親族はいまだに岩倉氏を頼りにしています。
伊豆の会長夫人の立場が弱いのはそのためです」
「やけに詳しいじゃないか」
「僕の母が、岩倉家の遠縁にあたるので……」
「それで君は、最後まで須藤家の婿候補だったのか」
「そういうことです。岩倉氏をうんといわせれば、須藤家の親族は反対しませんよ」
「わかった。何とか接触してみよう。ありがとう」
「僕が紹介できればいいのですが……」
珠貴との縁談を櫻井君側から断ったため、岩倉家とは気まずい関係になっているそうだ。
「なんとかなるだろう。
こんなときこそ、親族や知り合いのつながりを使わせてもらなくては。
親族か知人友人の誰かが、どこかでつながっているはずだ」
「それもそうだ。僕が心配することはないな。全国津々浦々まで顔が利く近衛家ですからね」
頑張ってくださいよと私の背中を叩き、彼は浜尾君の待つ車へと走っていった。
やけに背中が痛むのは、櫻井君のこれまでの思いがこもっているからだろう。
深夜近くまで付き合ってくれた彼に感謝しながら、憎らしさもほんの少し感じていた。
時計を眺め帰宅してからでは遅くなると思い、その場から珠貴へ定時の電話をした。
昨夜の彼女は感情の起伏が大きかった。
「宗に会いたくなったの」 と、はにかみながらマンションに玄関にあらわれた姿には、儚さが漂っていた。
抱きしめた体が小さく感じたのは、過去を告白した後悔が襲ってきたからだろうか。
肩を抱いていなければ、崩れてしまいそうなもろさを感じたのも初めてだった。
珠貴が見せた涙は、抱えてきた苦しみを洗い流すためのものだったのか……
それまで愛情を言葉にする恥ずかしさがあったが、そんなことなど忘れ、涙が止まるまで珠貴の耳に何度も伝えた。
愛している、という言葉の重みを知った夜でもあった。
明け方まで一緒に過ごし、送っていくという私の言葉を断り珠貴は一人で帰っていった。
『気分は落ち着いた?』
『えぇ、ありがとう。あれから会社にいって仕事をしたのよ』
『有給休暇じゃなかったの?』
『公私のけじめをつけたくて仕事は休まないことにしたの。
父にイヤミを言われたくありませんから』
『そうか……それで、須藤社長と話ができた?』
『少しだけ話したわ。紗妃も家を出たのが堪えてるみたい。
それでも自分は間違ってないって言うのよ。
私が宗のマンションに行ったのではないと知って、かなり驚いていたわね。
私の覚悟がわかってくれればいいけれど』
『いつかわかってもらえるよ』
『いつかじゃだめなの。短期決戦よ』
珠貴の声に、昨夜の儚さは微塵も感じられない。
意思のある声に揺らぎはなく、明確な目標設定を掲げ前へ進んでいる。
私の前で涙しもろさを見せてくれた彼女には、守ってやりたいと思わせるものがあったが、電話の向こうの元気な声を聞くと、その背中を押して支えてやりたいと思う。
守られるよりみずから前に進む方が彼女らしい。
私の好きな珠貴が戻ってきた。



