ボレロ - 第三楽章 -



紗妃ちゃんとの約束の日を明日に控えた夕方、私は早々に仕事を切り上げ 『割烹 筧』 に向かった。

久しぶりの再会となる待ち合わせの相手は良く知る二人で、懐かしさもあるが納得のいかない
別れ方だっただけに、置いてけぼりを食ったような寂しさと拗ねた思いも、いまだ解消されずにいる。

久しぶりといっても数ヶ月会っていないだけなのに、すでに懐かしいという言葉が浮かぶほど
二人は遠い存在になっていた。

会いたいような会いたくないような、定まらない胸の内を抱えながら、打ち水がされた踏み石をふみ込み玄関をまたいだ。

「お連れ様は先ほどお着きになりました」 と告げられたことから、呼吸を整えゆっくり襖をあけた。

互いの顔が見え、やはり再会は嬉いと思いながらも、親しい二人へ他人行儀な言葉を向けていた。



「お待たせしました」


「お久しぶりです」



再会が嬉しいだけの感情だけではないのは、彼らも同じのようだ。

律儀に座布団をはずし、畳に正座した浜尾真琴と櫻井祐介が、頭を下げたあと申し訳なさを含んだ表情で私を見ていた。





社内に燻っていた不満から発生した騒動は、マスコミを巻き込み大きな騒ぎへと発展していった。

近衛の元重役秘書であった浅見里加子の仕業かと思われたが、その裏に潜んでいたのは、浜尾真琴の従兄弟である広報室課長の浜尾直之だった。

浜尾直之の会社や浜尾一族への屈折した思いが怨恨となり、それが騒動を引き起こす発端だったが、マスコミへ流された情報は悪意に満ちたもので、それによって困惑する我々を見て、まるでゲームを楽しむように繰り返され加速していった。 

彼は協力者であり恋人の浅見里加子をも裏切り、事の一切を彼女になすりつけようとした。 

事件の全容が明るみになり、すべては浜尾直之の企みであるとわかったが、責任を感じた浜尾真琴が退職を願い出たのは暮れのこと。

会社としては思い留まるよう説得し退職願を保留していたが、彼女の決意は固く、再び出された退職願は先月受理された。

その頃、櫻井君も同じく会社を辞めていた。 

櫻井君の退職理由はいまだ不明だが、彼もまた会社に戻る意思はないようだと平岡から聞いている。


彼らはフランスのリヨンに滞在中だったが、帰国の旨の連絡があり、帰国後すぐにでも会いたいと言われ今夜のこの席となった。

数ヶ月ぶりに会う浜尾君は、頬が少しふっくらとし元気そうな顔だ。

櫻井君は甘い顔つきに、いい具合に精悍さが加わっている。

彼らが気持ちを通わせていると聞いてはいたものの、二人を前にしてもなお、それは本当なのかと疑ってる。

浜尾真琴との付き合いは、櫻井君より私のほうが遥かに長いのだという思いから、彼らが外国でともに暮らしていたとは信じがたいのだった。



「向こうはまだ寒いでしょう」


「えぇ。今年はいつまでも冬みたいだって、現地の人も顔をしかめてましたね」


「でもあちらはセントラルヒーティングですから、家の中で寒いと感じません。 

彼も私もシャツ一枚で過ごしていましたから」


「家の中は快適ですね。パソコンさえあればなんでもできる。

食料品だって届けてもらえるんですから、ひと冬家の中にこもっていても困らない。

実際あまり出かけなかったですね」


「ずっと家に引きこもっていましたね。

好きな時に音楽を聴いたり絵を描いたり、時間を気にせずお腹がすいたら食事をして、眠くなったらベッドに入って……

怠惰な暮らしをしていました。

スキーにだって行けたのに、私たちってこんなに出不精だったのかって、ふたりで話してたんですよ」



そう言いながら、浜尾君が櫻井君へ同意の言葉を向けると、彼も当たり前のように頷き返す。

ひと冬同じ家に引きこもっていただの、シャツ一枚で部屋の中を歩き回っていただのと、聞き様によっては赤面しそうなことを、浜尾君は恥ずかしい様子もなく言葉にした。