ボレロ - 第三楽章 -



『榊ホテル東京』 に発足した男性だけの会員制倶楽部は、男たちのあいだで密かな話題になっているらしい。

とりたてて宣伝したわけでもないのに、ホテルへ問い合わせがあとを絶たないそうだ。

自分の企画が当たったことから狩野の頬は緩み 「このたび、みなさんのおかげで倶楽部が現実のものとなりました。感謝しております」 と神妙な前置きがあり、



「今夜は私の気持ちですから どうぞ心置きなくお過ごしください」 



太っ腹な宣言にみなは拍手で応えた

先延ばしになっていた会の名称は 『アインシュタイン倶楽部』 と決まった。

一回目の開催がベルンであり、ベルンにゆかりのある理論物理学者の 『アルベルト・アインシュタイン』 からとったものだ。 

命名者は櫻井君だが、今夜は欠席している。

「しばらく日本にいませんので欠席させていただきます」 と届けがあったと、会のまとめ役になった狩野から説明があった。

潤一郎も欠席だったが、仕事のため……とだけ連絡があり、職務上の機密から居場所は明かされていない。



「櫻井さん、会社を辞めたそうですよ」 と言い出したのは平岡で、連絡を取り合っている様子で櫻井君の近況に詳しかった。



「サクライは同族企業だ。親兄弟の反対もあっただろうに、よく辞められたな」


「かなりもめたそうですよ。

でも、本人の意思が固くて、最後は父親である社長も引止めを諦めたと聞きました」


「櫻井氏は辞めてどうするつもりだろう。海外で一旗あげる時代ではありませんからね」



沢渡さんの意見に、メンバーも心配顔でうなずいた。

堅実な霧島君など 「彼らしくないですね。見通しはあるのでしょうか」 と櫻井君の行く末を真剣に心配している。

 

「起業のためのセミナーに通って勉強もしてたから、それなりの準備はできてたんじゃないのかな」


「平岡、ずいぶん詳しいな」


「えっと、そんな話を聞いたことがあったので……そろそろ今日のテーマに入りませんか」



うまく平岡にはぐらかされた気もするが、話したくないことでもあるのだろう。

誰もそれ以上を聞くことなく、とりあえず今夜の討論に入ることになった。



「今回の討論のテーマは ”余暇の定義” と連絡したが、変更してもかまわないか?」


「それはかまわないが……」



『アインシュタイン倶楽部』 の趣旨は、どんなテーマも真剣に話し合うと言うことに尽きる。

提案者が提起したテーマについて意見を出し合い、とことん話し合う。

テーマに制限はなく、政治経済・宗教・時事・思想、ほか、なんでもありだ。

真面目な話から馬鹿馬鹿しいものまで、とにかく真面目に真剣に、そして、徹底的に討論する。

世の中の役に立つとか立たないとか、有益であろうが無益だろうが、そんなことはおかまいなしだ。

ともすれば、打算的な方向でしか思考が成り立たない世の大半の女性たちには、我々の倶楽部の趣旨は到底理解できないだろう。

会の最後に一応の結論をまとめるが、結論はそれほど重要ではなく、そこへ至るまでの過程が楽しいのだ。