赤ん坊の可愛さに魅入られたのか、珠貴は帰る間際になっても冬真の寝顔を覗き込んでいる。
「そろそろ行こうか」
「はい……本当に可愛いわね。ずっとお顔を見ていたいわ」
「また明日くればいいじゃないか」
「そうだけど……もう少しだけ。ねっ、おねがい」
これから須藤社長夫妻が面会に来ると聞き、ここから早く立ち去りたくて、いてもたってもいられない思いなのに 「もう少しだけ」 と口先だけで動かず、いつまでも寝顔を眺めている。
別段悪いことをしているわけではないが、珠貴との将来を認めてもらっていない身としては、彼女の両親と同席するのは気まずいものだ。
ぐずぐずしている珠貴を、どうにか冬真のベッドから引き剥がし病院から連れ出した。
「冬真君 可愛かったわね」
「あぁ……」
「私の指をちいさな手でぎゅっと握ってくれるのよ。それがすごい力なの」
「ふぅん……」
「赤ちゃんの目って青く澄んで、とってもキレイ……澄んだ目に見つめられると、こちらまで清らかな心になりそう。
赤ちゃんがそばにいたら、毎日が新鮮でしょうね」
「欲しくなった?」
「そっ、そんな……子どもは欲しがって手に入るものではないのよ……」
叔父ではあるが兄のような存在の知弘さんの子どもだから、余計に身近に感じるのかもしれないが、これが自分の子どもならどれほど可愛がるのだろう。
「自分で産めばいいじゃないか」 と言いそうになったが、あまりにも軽い発言に思えて飲み込んだ。
「静夏ちゃんのお隣の部屋の方、お気の毒なんですって」
「気の毒?」
「静夏ちゃんと同じ日に出産したのに、赤ちゃんのお父さん、まだ一度も面会に来ないそうなの。
なんだか事情のある方みたいだけど……」
「仕事が忙しければ、病院にも来られないだろう」
「そういった理由ではなくて……赤ちゃんのパパのご実家が、難しいお家柄なんですって。
反対されながら出産して……」
言葉の歯切れが悪いのは、他人の噂話にためらいがあるためだろう。
珠貴には珍しく要領を得ない話だった。
要約すると、子どもの母親は相手方の家柄にそぐわないという理由で結婚相手として認めてもらえず、子どもは女性が勝手に産んだのだから、父親側は面倒を見るつもりはないというものらしい。
「みなさんに祝福されて生まれたことに感謝していると、静夏ちゃんが言ってたわ」
「子どもに罪はないが、世の中には綺麗ごとでは片付かないことも多いよ。
静夏、案外ちゃんと考えてるんだな」
「そうよ、母親になったんですもの……あぁ、冬真君にまた会いたくなってきちゃった」
春とは名ばかりで、3月に入ったばかりの夕暮れ時の急な冷え込みに、コートの襟を立てた珠貴の肩を引き寄せた。



