「ウチの開発チームがある新素材の開発に成功した。特許も取得したが実用には費用も時間もかかる。
特許を取得しても日の目を見ずに眠ってしまうことは少なくないが、ウチが持つ技術がにわかに注目されることになった。採用されれば安定的な利益がのぞめる」
「安定的利益ですか……あっ! 丸田会長は、それに横槍を入れてきたってことですか」
「そうじゃないかと僕は考えている」
「特許を持っているのは 『SUDO』 でしょう。妨害したところでどうにもならないはずだ」
「ミマサカも似たような研究をしていてね、同じく特許を取得している」
「それでも、似て非なるものでは?」
「そうだが、目指す先は同じだからね。先に実用化したほうに軍配が上がる」
「だから丸田会長はミマサカに近づいたのか……
『SUDO』 は思い通りにならないが、『ミマサカ』 ならなんとかなる。
自分側に取り込んで有利に運ぶつもりですね。
しかし、源田商会とミマサカは反目しあっているのに、両社がよく承知しましたね」
「丸田会長の息子と娘が両社の幹部と縁戚にある。息子も娘も会長の実子だが、ふたりとも母親が違う。
その子どもたちは、間違いなく丸田会長の孫だよ」
「そういうことですか……孫の片方を珠貴に押し付けて、俺には他の娘を紹介する。
それで縁談を世話をした会長に敬意をはらわせるつもりか。嫌なやり方ですね」
「君を手中に収めるには、婚姻が手っ取り早いと考えたんだろう。
いままでもそうやって繋がりを強くしてきた人だ」
「縁戚関係があれば嫌とは言いにくい。強気な態度は伊達ではないってことですか」
なんてことだ、企業間の競争と利益のために、私と珠貴の関係に口を挟まれてはたまったものではない。
近衛の協力が欲しければ、それなりの手順を踏めばいいことだ。
味方面をして近づき、頼みもしない縁談話をまとめ恩をきせ、近衛の力も取り込んでしまおうという姑息な考えだ。
丸田会長の狸顔に、また怒りがこみ上げてきた。
「丸田会長は、ウチが 『SUDO』 に肩入れしれいるとでも思っているんでしょうか。
知弘さんと静夏が、政略結婚でもしたのなら話はわかりますが」
「実際そうでなくても周りはそのようにとらえるものだよ。
近衛グループの力をもってすれば、夢も限りなく現実に近づくからね。
我々が思う以上に、近衛家と須藤家の接近は脅威を与えているようだから。
それを周囲に煽っているのが、昭和織機の丸田会長だよ」
「迷惑な話ですね……あの狸親父にひと泡ふかせたいですね」
「ははっ、丸田会長が狸親父か。言い得てる」
「あの会長、近衛宗一郎の嫁の世話を頼まれたと言って、結婚前の娘がいる知り合いに、片っ端から声をかけているそうです。
とりあえず俺と珠貴を引き離す計画らしいが、人を馬鹿にするにもほどがあります」
話しながら余計に腹が立ってきた。
「なんとかして丸田会長の鼻を明かしたいな。追い詰めて退路を断つ手段を考えるか……
とはいえ、いきなり敵意を見せるのはまずいですね。
そうだな……知的所有権に詳しい弁護士に相談してみます」
「そうしてもらえると助かるよ。ウチとしては無駄な摩擦は避けたいと思っている」
真顔で返事をした知弘さんだったが、そのあと、ふっと笑った。
どうしたんですか? と聞くと、
「君を怒らせると怖いな。近衛宗一郎が身内でよかったと心底思った。
頼りにしてるよ、義兄さん」
「なっ、なんですか! 知弘さんこそ俺にとって義兄さんじゃないですか。やめて下さいよ」
「我々も複雑な関係になったものだ」
「まったくです」
末っ子だったから弟ができて嬉しい……そう言ってくれた知弘さんの言葉に偽りはなかった。
俺も兄ができて嬉しいですよ、そっくりそのまま返しますと言うと、照れくさそうに頷いてくれた。
互いに照れながら病室に戻ると、背中を丸めた珠貴の腕には冬真が抱かれていた。
幼子の顔を見つめる珠貴の目は優しく、自愛に満ちている。
いつの日か、こんな風景を目にできたら……
珠貴の未来の姿を想像したとたんに鼻の奥がツンとなり、なんともいえずくすぐったい気分になった。



