丸田会長、美作氏、源田氏の三人の顔を頭に浮かべながらフロントへ向かと 「おかえりなさいませ」 と狩野の声が聞こえてきた。
他のスタッフを制し自ら私のそばへ寄ってきた狩野の動作は、それこそ隙のないホテルマンの動きだが、客ではあるが長年の友人でもある私への対応は、どこかに気のおけない親しさが含まれている。
宮野さんに比べればまだまだだな、とそんなことを思った。
エレベーターのドアが閉まったとたん、客とホテルマンの関係は消滅した。
「出張は札幌だったな。寒かっただろう」
「吹雪だった。凍えたよ」
「それで帰りが遅れたのか。彼女、待ってるぞ」
「うん……それよりなんだ、俺についてきたんだ、話があるんだろう?」
「……おまえ、丸田会長とどういう関係だよ。
近衛宗一郎の嫁の世話を引き受けたといって、えらく張り切っておられたぞ」
「どこで聞いた」
「一昨日、あるパーティーがあった。そのときだ。
どこまで本気かわからないが、適齢期のお嬢さんがいるかと聞きながら、近衛とつながりをもちたい連中に、片っ端から声をかけてた。
あの会長は強引だからな、気をつけろ」
「おい、そんなことしゃべっていいのか? ホテルマンには守秘義務があるんだろう」
「バカ、おまえのためじゃない。珠貴さんのためだ」
脇腹を小突きながら、わかりきったことを言い合うのはいつものことで、たまにこうして学生の頃の気分に戻るのも
悪くない。
互いの肩に乗っている重責を忘れるひとときでもある。
「先日、 須藤社長に直接お会いした」
「ついに直談判か」
「あぁ……」
「で、どうだった。反対されたか。絶対娘はやらんと言われたんじゃないのか?」
「あのなぁ、先に言うなよ」
「やっぱりそうか。それにしては落ち着いてるじゃないか」
「予想通りだったからな。時間をかけていくしかない」
「攻めずに待つか……それもいいだろう。おまえがどこまで耐えるのか見てやるよ」
「ふんっ」
遠慮のない言葉は、なぐさめの言葉を並べられるよりいいものだ。
突き放した言葉の裏には、親しいものだけが感じ取れるエールが含まれている。
散々に言いながらも荷物を運ぶ手は丁寧で、部屋の中に荷物を運び込むと、先に待っていた珠貴へ愛想のいい顔を向けて声をかけたが、私には手だけあげる素っ気無い仕草をみせ狩野は部屋を出て行った。
「おかえりなさい」
「ただいま。待っただろう」
「うぅん……」
珠貴の優しい手と温かい懐に迎えられた。
「おかえりなさい」 の彼女の声は、一瞬にして私に安らぎをもたらしてくれる。
抱擁の手が緩められ、言葉とは裏腹に待ちわびた唇が私を迎えに来た。
宮野さんから預かった言葉や狩野から聞いた話を伝えるのは、もう少しあとでもいいだろう。
都会の中の贅沢な空間で、珠貴のぬくもりに包まれる心地良さにしばらく浸ることにした。



