「はぁ、疲れた……こんなに緊張したのは久しぶりだ。
柘植さんはさすがに手応えがある。勢いに飲まれそうだった」
「そうでしょう。あれだけの実績がある人だから」
「小宮山さんもおとなしいお嬢さまかと思っていたら、
いやいや、度胸のあるお嬢さんだ。
彼女の婚約者は、確か園部家の跡取りだと思ったが、
あれじゃ亭主は尻に敷かれるんじゃないか?」
「静夏の友人だ、おとなしいはずはない。
亭主は尻に敷かれるくらいでいいんですよ」
「じゃぁ、須藤専務も静夏さんの尻に敷かれるのか。
ってことは、宗一郎さんも珠貴さんに? ははっ、そりゃぁいい。
表で威張ってる亭主も、実は女房の手のひらで踊らされてる。
世間を牛耳ってるのは、実は女かもしれないね」
手応えのある女性たちから解放された彼の舌は滑らかだった。
多少毒の入ったセリフを口にしながらではあったが、頼もしい女性だったと楽
しそうでもあった。
こんなに熱心に話を聞いてもらえるとは思ってなかったと、本音も漏れてきた。
「俺みたいな人間を信用するってのは、並大抵じゃないですよ。
普通は、マスコミの人間と聞いただけで警戒するもんだ。
それが、柘植さんも小宮山さんにも、そんな態度は微塵も見られなかった。
宗一郎さんと珠貴さんのおかげだな」
こんな真摯な言葉を残して、漆原さんは帰っていった。
彼はそんな風にいってくれたが、私こそ漆原さんに感謝している。
この先も力を借りることが多くなりそうだ。
そう思わないか? と珠貴に同意を求めると、そうね……と言った声に力がな
かった。
「どうした、気になることでも?」
「宗……私にも何か手伝わせて、このまま待ってるなんていやだわ」
「窮屈だろうが今日一日はここにいてくれ。ここならマスコミも手が出せない。
夜にでも知弘さんに迎えに来てもらうから。
トラブルの対応だが……今回だけは俺に任せてくれないか」
「でも、それでは宗にばかり負担がかかるわ。私にも、ねぇ、お願い」
私の腕をつかみながら必死に訴えてくる。
こんなとき、じっとしていられないのが珠貴だ。
自分の身も危険にさらされているというのに、できることをしようとする。
守られるだけの側にいるのは居心地が悪いと考える、そんな珠貴の性格は好ま
しいが……
「今は動いて欲しくない」
「でも」
「君の気持ちはわかるが」
「わかってるなら」
「それでも、今回だけは俺の言うとおりにしてくれないか」
私の強い声に感じるものがあったようだ、珠貴から 「わかったわ……」 と
素直な声が聞こえてきた。
私たちには心強い味方が大勢いる。
漆原さんも、狩野やもうすぐここにくる平岡もそうだ。
すでに動き出しているだろう知弘さん、週刊誌の記事を知り心配して連絡して
くる友人たちも、みなみな私
たちの味方なのだから。
さきほどまでは、とんでもない事態が起こったものだと身構えていたが、なん
とかなるだろうと楽観視できる心持になってきた。
「このトラブルが解決したら、また 『シャンタン』 に行こう。
みんなを招いてパーティーができたら最高だな」
「わぁ楽しみだわ。だけど、あの 『シャンタン』 よ。
二人の予約も難しいのに、パーティーなんてできるかしら」
「ランチやディナーの時間帯が無理なら、真夜中に貸し切るのはどうだろう。
羽田さんに相談してみるよ。
俺の予想では、二つ返事で受けてくれると思うな。
なんと言っても羽田さんは君のファンだからね」
「真夜中のパーティー、ステキでしょうね」
楽しい想像が、珠貴の沈みかけた気持ちを引き上げた。
彼女の手を取り、しっかりと握った。
「無事にパーティーの日を迎えられるよう、力を尽くすつもりだ」
「無理はしないでね。約束して」
「約束するよ」
珠貴の唇に約束の印を刻んだ。



