ボレロ - 第三楽章 -



朝食の準備が整った頃、柘植さんと雅ちゃんが相次いで到着した。

珠貴を加えた初対面の三人は和やかに挨拶を交わし、自己紹介がすみしばらく

すると、旧知の間柄のように会話が弾んでいた。

これから楽しい会食でもあるではと思うほど、和気藹々 (わきあいあい) 

とした雰囲気だ。

これから大変な事態に遭遇しようとしているのに、女性三人の誰も取り乱すこ

となく、冷静に事を受け止めている。

”この三人、なんか迫力あるなぁ。肝が据わってる” とは、緊迫した状況下

でも動じない彼女たちを目にした漆原さんの感想だ。

その漆原さんに対して、柘植さんと雅ちゃんが彼の身分を知って、必要以上に

警戒するのではないかと心配していたのだが、それこそ余計な心配だった。

近衛さんが信頼していらっしゃる方ですから、私も安心してお話できます……

と柘植さんから理解のある言葉があり、雅ちゃんも同様だった。


私より漆原さんの方が現場に詳しいので、あとは彼に……と、大まかな説明の

あと漆原さんに主導権を渡した。

「俺が話すんですか? 無理ですって、勘弁してください」 と当初はしり込

みしていたが、「ぜひ お願いします」 との柘植さんの勧めに、彼女らの

信用と信頼を感じ取った漆原さんは、自信を得たように堂々とマスコミ対策

について話をはじめた。

彼が語る ”業界の内幕” に彼女たちは真剣に聞き入っていたが、

「とにかく無言に徹してください」 の漆原さんの指示に、柘植さんが反論

した。



「無言のままでは、こちら側の意向が伝わらないのではありませんか? 

適切な説明をしてこそ分かり合えるというものです。

こちら側に手落ちはないのですから、黙っている必要はないはずです。

意見の主張も大事かと思いますが」



いかにも企業人らしい考え方だ。

自分が誠意を見せなくては、相手の心をつかめない、そういう論理だったが……



「分かり合えるなんて考えないでください。意向を伝える必要もありません」


「でも、それでは気持ちが収まらないわ」



雅ちゃんも柘植さんとは異なる理由で、無言を通すことに納得がいかないと

言う。

予想もしなかった展開に、漆原さんは一瞬身を引いたものの、体勢をたて直し

膝を進めてきた。



「それこそ相手の思うつぼです。

だいたい、記事自体がでっち上げられたものです。 

何か言えば、それこそあげ足をとらえかねない。宗一郎さん、そうでしたね」


「あぁ、あれにはまいった。まったく違う意味の言葉を都合よく編集されて、 

向こうの思うように作り変えられたんですから」



去年の苦い経験を話すと、柘植さんも雅ちゃんも、そんなことがあったんで

すか……と顔をしかめた。

私もそうでしたと珠貴も話に加わった。

誘拐事件の時、記者やリポーターの執拗な取材に苦慮したとの体験談を、彼女

たちは同じ女性として具体的に捉えることができたようだ。

漆原さんの助言がなければ、もっと大変な思いをしていたと思います……の

珠貴の言葉は、二人に強く響いたとみえる。


「ですから無言です。いいですね」 と漆原さんが語調を強め、ようやくふた

りから 「わかりました」 の返事があった。

それからは素直に耳を傾け、漆原さんの言葉を熱心に聞く姿が見られ、

「なにかありましたら、いつでも連絡をください」 と彼が締めくくり 

「よろしくお願いします」 と女性二人は頭を下げのだった。

狩野に送られて彼女たちが部屋をあとにすると、漆原さんはソファに倒れこ

んだ。