珠貴へ電話をする時刻が近づいている、欠かさず続けている私たちの習慣だ。
向こうからはかけられない状況だが、私からの電話を待っているかもしれない。
そう考えたらいてもたってもいられなくなった。
「珠貴に電話をしてみようと思うんだが」 と口にすると 「相手を刺激するんじゃないのか」 と言ってきたのは狩野だった。
「12時頃、決まったように彼女に電話をしている。今夜も俺からの電話を待っているかもしれない」
「定時の電話なら待っているかもしれませんね。でも、浅見秘書が電話にでることを許すでしょうか」
沢渡さんの言葉を受けたのは柘植さんだった。
「もし、私が浅見秘書の立場なら、珠貴さんに電話に出るように言います。そのほうが怪しまれませんから。
また、珠貴さんの立場なら、近衛さんから電話があり毎日かかってくる電話に出なければ、近衛さんが心配するはずだ、何度でも電話がかかってくると言うでしょう。
浅見さんも音信不通のままでいるより、一度声を聞かせたほうがいいと考えるのではないでしょうか」
「私もそう思います」
柘植さんの意見に蒔絵さんも賛同の言葉を添えた。
「こんなのはどうだ。近衛が電話する後ろで、こちらの様子を悟られないように賑やかな音でも鳴らすのは。
ほら、よくあるだろう。亭主がさも付き合いで飲んでいるように女房に思わせるために、酒場の音をBGMにするとかってのが」
「狩野先輩は、奥さんにそんなことをしてるんですか?」
「バカ、俺じゃない。一般的な話だ」
「狩野、それは妙案だ。おそらく電話はハンズフリーにさせるだろうから、こちらの音は向こうに伝わるよ。
電話から賑やかな話し声でも聞こえてくれば、珠貴さんも一緒にいる人物も警戒しないはずだ」
潤一郎が狩野の提案を後押しし、ほかの友人たちもそれはいいと言い出し実行が決まった。
急ぎ役割を決め、友人たちと飲んでいるという設定を作り出した。
潤一郎の合図があり、珠貴へ電話をかける。
コール音は10回を超えたが、呼び出しに応じる気配はなかった。
電話に出られないほど緊迫した状況なのか……
みなの間に緊張が走ったが、ほどなく私へ電話がかかってきた。
「珠貴からだ」 という私の声を聞き、潤一郎がみなに目配せした。
思い思いに話しが始まり、それまで静まりかえっていた部屋が急に騒々しくなった。
祈るような気持ちで電話に出た。



