ボレロ - 第三楽章 -



その日、私は秘書の堂本と一緒だった。

接待を終え、料亭の外まで客を見送った私に近づいた堂本は、平岡から電話があったと耳打ちした。

耳に届いた堂本の声にただならぬものが含まれていたため、折り返し平岡へ連絡した。



『今夜は珠貴さんと予定がありますか』


『予定はないが、それがどうした』


『就業後、デザイン室の蒔絵宛に、”当日必着” の指定で珠貴さんから誕生日プレゼントが届いたそうです。

誕生日にはまだ間があるのになぜわざわざ今夜オフィスに届いたのか、彼女は不思議に思ったようです。

珠貴さんに確かめようとして急に不安になって、僕に連絡がありまして…… 

先輩、おかしいと思いませんか』


『なぜ誕生日プレゼントだとわかった』


『誕生日おめでとうと書かれたメッセージカードが入っていたそうです』


『他には?』


『ありません』



去年の誘拐事件を思い出した。

蒔絵さんも平岡も言葉にはしなかったが、おそらく同じ想像をした、だから私に知らせてきたのだ。

ふたたび珠貴に危険が迫っているのか。

もしそうならば、珠貴を陥れたと考えられる相手がひとりいる…… 浅見君だ。

しかし、珠貴が連れ去られた事実が明らかになったのでもなければ、浅見君がそれに関与していると 決まったわけでもない。

不安になる気持ちを抑えながら、冷静になれと自分に言い聞かせた。



『蒔絵さんに品物を持って、榊ホテルの俺の部屋に来るように伝えてくれ。俺もそっちにいく』


『わかりました。彼らにも知らせますか』


『うん、頼む』



平岡も事件の可能性を感じたのか、友人たちの力を借りたほうが良いと判断したようだ。

珠貴の家族は気がついているのだろうか。 

もしや妹の紗妃ちゃんが何か知っているのではないかと思い、さりげなく聞いてみた。 

電話の紗妃ちゃんは 『珠貴ちゃん、今夜はお友達とお食事ですって。遅くなるみたいです』 とのんびりした返事だった。

家族に友人と食事に行くと伝えているということは、珠貴が自分の意思で出向いた可能性もある。

それなら連れ去られたのではない、なんだ問題はないではないかと思いかけたが、そうなると蒔絵さんの元に届いた不可解なプレゼントの説明がつかない。

私のそばで息をひそめていた堂本は、電話の内容から珠貴の所在が不明であると察知したようだ。

手短に内容を伝えると 「わかりました」 と厳しい顔で返事があり、待機していた運転手に行き先の変更を告げた。


届いたプレゼントはミニチュア家具だという。

ミニチュア家具は、珠貴が好んでコレクションしているものだ。 

蒔絵さんが珠貴のために送ったのなら疑問には思わないが、その逆というのが不可解だった 。

ミニチュア家具に趣味などない蒔絵さんに、それらを送った行為そのものがすでに何かを伝えようとしているといえる 。

メッセージカードに暗号のような言葉が綴られているのか、それとも……

深く考え込む私へ、堂本から低く抑えた声で質問があった。



「室長へ連絡をなさいましたか」


「いや、していない。まずは情報を集めよう」

 
「そうですね……」



堂本は珠貴の名を出さず、あえて 「室長」 と言い換えた 。

運転手を信用していないわけではなかったが、できるならよけいな情報は聞かせたくない。

車内ではどちらも極力会話を控えていた 。