珠貴の肩を抱く腕にグッと力をいれ、それからゆっくり息を吐いた。
「大丈夫?」 の珠貴の声に 「うん」 と短く答えて電話に入った。
柘植さんも雅ちゃんも早朝の電話に驚き、私の話を聞きさらに驚きが増した
様子だったが、二人とも緊急事態と理解したようで 「わかりました。すぐに
伺います」 とためらいのない声が返ってきた。
続いて平岡に連絡を取り現在の状況を知らせた。
『わかりました。今日のスケジュールを変更します』 と緊張した返事のあと、
『マスコミ対策は任せてください。経験がありますから万全ですよ』 そう告
げた平岡の言葉は頼りになるものだった。
合併を進める相手として名前が挙がった三社については、誰であろうと問い合
わせには一切応じないことと、記事に動揺することなく、予定通り計画を進め
るように指示を与えた。
もう一度大きく息を吐き呼吸を整えた。
隣の部屋では珠貴が電話の最中で、相手は知弘さんのようだ。
今回の件は、珠貴個人と会社の二方向の対応が必要となるが、知弘さんは
珠貴の叔父であり会社の中核にいる人だ。
早急に動き、万全の体制を整えてくれるだろう。
記事の曖昧さから 「SUDO」 に迷惑がかかることは目に見えている。
「SUDO」 サイドの対応はひとまず知弘さんの力を頼るとして、須藤社長に
も直接面会し、事情を説明する必要がありそうだ。
ふと、珠貴の母親の顔が頭が浮かんだ。
うなされた夢が正夢になるのだろうかと、気弱な思いが頭を掠めたが即打ち消
した。
まずは、直面した事態の対処が先決だ。
気持ちを建て直し、今度は部屋の電話を手にした。
今後の対策を相談するため、ホテルの副支配人である狩野を呼び出した。
彼が昨夜は深夜の勤務で、この時刻はまだホテル内にいるのはわかっていた。
『相談がある。部屋に来られるか』 と告げると 『わかった』 とだけ返事
があり電話は切れた。
お客様より先に切るなよといいたいところだが、狩野がそれだけ緊急事態だと
理解した証拠でもあった。
ひととおりの連絡をおえ、ソファに座り込んだ私の前に紅茶が運ばれてきた。
「ありがとう」 とカップを持ち上げた私に黙って微笑むと、珠貴はバスルー
ムに消えていった。
狩野が部屋に来る前に、身支度を整えるつもりだろう。
珠貴の背中を見送りながらカップを傾けた。
アールグレイの香りが緊張した体をほぐし、甘みが加えられた紅茶は、空っぽ
に近い胃袋に優しく広がっていく。
ひととき一杯の紅茶を味わうと、私もすばやく身支度を整えた。



