「き、君は!」

父親は、久沓の顔を見て、絶句した。

「教会でお会いしましたね」

久沓は軽く会釈すると、少し顎を上げて、父親を見下ろした。

「厳粛なクリスチャンであるあなたが、どうして…こんな行為を見逃しているのですか?」

「な、何を!」

絶句する父親の目に、爆弾の破片が突き刺さり、血まみれになっている息子の姿が映る。

「な、何を言っている!」

父親は、久沓から距離を取りながら、息子に駆け寄った。

「気が狂っているか!だ、誰か警察を!だ、誰か!」

叫び続ける父親に、久沓は自らの携帯を示して見せた。

「心配しなくていい。もう警察は呼んである。それに、今から」

久沓は2人に微笑むと、うずくまる女の腕を取り、診察室からゆっくりとした足取りで歩き出した。

「すいませんが…火事が…」

久沓は笑いながら、携帯に話し出した。

「発生しました」

久沓の後ろ…診察室の中から火柱が廊下に飛び出してきた。



「フン!」

数分後、巨大な火柱が、病院と地主の屋敷を燃え上がらしていた。

「知っていたさ。聖書に登場する悪魔は、キリストにパンを与える人間だ。その行為が、悪魔というならば…善意とは何だ?」

久沓は、助け出されても、まだうずくまり、震えている女をしばし、見下ろした後、ゆっくりと背を向けた。

そして、歩き出した久沓の耳に、絞り出したような女の声が飛び込んできた。

「神よ…」

振り返った久沓の目に、膝まづきながら、自分に祈りを捧げる女の姿が飛び込んできた。

女の瞳には、火柱に照らされる自分の姿が映っていた。

「フン」

久沓は鼻を鳴らすと、再び女に背を向けて歩き出した。

キリスト教の罪は常に、己の中にある神の真理と葛藤する。真理がいつも、人間社会で通用することはない。

だからこそ、自らの心の神に問う。

しかし、日本人の心の中に神はいない。

八百万の神々は、人の中にはいない。

だからこそ、日本人は一人になった時に、内側に神がいないために決められないのだ。