――――――
何度もこの日を夢見てた。
震える気持ちで、昇る階段。
ちょっぴり大きな廊下。
静かなその中を一人歩く自分の姿を―――
何度も想像して、何度もニヤニヤしてきた。
でも人間って不思議なもので……
いざ本番が来たら、ニヤニヤするなんて全く無理で。
緊張しすぎて足はガクガクだし、顔に表情はないし。
最上級の笑顔なんて、浮かべられそうにない。
そんな状態のまま、ついに私は下調べ済みの3Bの前に来た。
――あぁついに、来ちゃった……
私、ほんとにここまで来たんだ。
震える心を抱えたまま、扉に手をかける。
でもその扉をスライドさせる、力が出ない。
それは決して、扉が重いからってわけじゃなくて。
ただ、恐いから。
もう2か月も前の口約束―――
名前も知らない、連絡先も分からない。
いつも自習室に来てて、自分はコーヒーのくせにわざわざリンゴジュース買ってくれて、いちごみるくがポケットに入ってる。
それから、買ってきたパンよりもおにぎりが大好き。
黒縁の眼鏡に、つるつるの黒髪。
ジーンズにパーカーで、ロザリオチックなアクセをつけてて。
持ってるのはクリアケースに小さなペンケース。
付箋は黄色で、左利き。
たまに頭を撫でてくれて、最後に充電って言って、私を抱きしめてくれた。
私が知ってるお兄さんの全部。
逢いたくてたまらなかった。
……私の好きな人。

