頬が緩むのを何とか押さえながらいつものように椅子を引く。

 ギギギ

 この静謐な空間を壊すようで、木が擦れてなる音がいつも不快だけれど、今日ばかりはその音に祈りを込めた。


 『どうか、気が付きますように……』


 座るときにチラリと左を見る。

 けれどお兄さんは顔を上げる様子もなく、参考書を見つめたまま。

 それに少し気が沈みながらも、ここは自習室なんだから当り前、と自分を窘めて私も勉強を始めた。


 ――――――
 

 今日は人が少ないから休憩室の混雑はなさそう。

 とは思うものの、私よりずいぶん年上の知らない人に囲まれて食事をするのが恐いのもあって、私は前回と同じように12時20分を過ぎたあたりで休憩を取ることにした。

 鞄を椅子の下から取り出し、相変わらず疎ら(まばら)なままの自習室に


 ギギギ


 と椅子の擦れる音を響かせる。

 すると、さっきはあれほど念を込めても気がつかなかったお兄さんが、その音とともに顔を上げた。


 ヨッ


 とでも言いそうな感じで片手を上げて私に挨拶を無言でするお兄さん。

 私はそれにニコッと笑って答えた。

 立ち上がった私を確認し、時計を見やったお兄さんは自分も鞄を徐に持つと、休憩室を指さしながら口パクで


 『行こう』


 って言った。

 一緒にってことだって分かったら、やたら嬉しくて、飛び上がりそうになるのを押さえながら私はお兄さんの後ろを付いて歩いた。