何も言わない私の体を少し離すと、私の目元に秋の指が触れて涙を拭ってくれる。
そして、さっきまでの声とは違い、優しい声で、
「花憐、どうして、泣いているんだ?」
悲しそうな表情を浮かべて聞いてくる。
「・・・・思い出していました。」
「何を?」
「昔、パリのビルの屋上で、金網によじ登っている私を父が叱っていたことを。」
「・・・・・・・・・・」
「そんな、私たちを隣でニコニコと笑っていた母のことを。
・・・・ただ、思い出してました。」
私の体をまた、ギュッと抱きしめる秋。
「俺がいるじゃないか。・・・・・花憐は一人じゃない。俺がずっと、傍にいるから。」
どうして、そんなことを言うのだろう。
私たちは、ずっと一緒には居られない。
私には未来は見えないけど、きっと秋は素敵な人と結婚をして、素敵な家庭を築くんだと思う。
そこには、私の居場所はない。
そうか。
今は、そのための準備期間。
一人で生きていかなくてはいけない私は今、一人で歩き出す勇気を身につけなくてはいけなかったんだ。
