そのあとは、心をどこかに置いてきたかのごとく、なにも考えられなくなった。
冷めた頭は、ただ先程のいた校長室での会話をリピートしている。
「とりあえす、これで助かった。数週間恋人の真似事して…それから別れて何も無かったことにする」
「マネゴト…ね。面倒そうです」
すっかり暗くなった空は、異様に光る月が私たちを照らしていた。
そして、家の前まで来ると、彼はポツリと呟いた。
「家、誰もいないのか?」
周りの家には光が灯っているが、家は真っ暗のまま。
いつもの光景に、普通は変だよな、と思いつつカバンの中から、鍵を取り出す。
「もう少しすれば帰ってくると思います。仕事が夜遅いんで」
「そうか。じゃあな」
「送ってくださって、ありがとうございます」
定型文みたいな返答をして、私は鍵を開けて家に入り、彼は帰って行った。
明日からどうしようか、と思いながら、気怠く靴を脱いだ。