彼が言うこいつとはもちろん先生の事で。
その瞬間、私はすぐに悟った。
──これが彼の本当の姿なんだと。
惚れてはいなかったが、彼の事は本当に優しい人だと思っていた。
先生の頼みごとも、クラスメイトの頼み事も、嫌な顔を見せた事がなかったから。
いつも大変だな、ってそんな目で私は彼を見ていた。
嫌じゃないのかな、めんどくさくないのかな、っていつも思ってたけど──。
「久留沢…なんだっけ。お前、俺に好かれようと必死過ぎ。てか俺、死んでるって言ってんのにまだ良い子振るつもりかよ。俺から盗んだもの返せよ」
久留沢敦子が発言した瞬間、彼女の方を見て、さっきよりももっと低いトーンで言い放つ彼。
それを聞いて私は鳥肌が立った。
…彼女はクラスメイトからも避けられていたのに、辻谷那央だけは周りの人と同等に接していたから、好かれている事も全然気にしていないとばかり思ったのに…。


