どこからどこまで

「そっかあ…マンボーさん、仲間が死んでショックで死んじゃうのか…。可愛いね……あ、でも顔よく見ると怖い」


 いまだにかみしめるように笑い続けていた薫がグッと水槽に顔を近づけ、急に真顔になった。

 つられてあたしも水槽に近づく。

 確かに…。


「ほんとだ。マンボーさん、顔怖い…」

「怖いねぇ…」

「2人して何やってんの」


 今度こそ翔ちゃんがふきだした。

 あたしとしては翔ちゃんがこんなに笑っているところを見るのは久しぶりであるため、非常に嬉しい。実習前の息抜きになって何より!よかった!と、思う。

 しかし薫は違ったのか、不満げな顔をしながらコツコツと水槽を指でつついた。


「えー、だってさ、翔ちゃんもマンボーさんの顔見たらこんなリアクションしちゃうって」

「そんなに凝視したくないよ」


 "もっとさ、見るからに可愛いのがいいよ。どうせ見るなら"と言いながら、翔ちゃんは先へと歩いていってしまった。

 あたしはこのとき、"水族館にそんなに可愛いのなんていたっけ?"と思っていたが、いた。そう、いたのだ。





「そっか!ペンギン!ペンギン忘れてた!」


 確かに見るからに可愛い。そこにいたのは正確にはフンボルトペンギンたちである。

 一通り室内を見てまわって外にでると、丁度ご飯タイムに突入するところのペンギンコーナーが待っていた。

 次第にできていく人だかりに、すかさず潜り込む。なんとか最前列に入ることができた。


「沙苗ちゃん、こういうときだけはすばしっこいよね」

「だってさー、2人と違って身長ないから前じゃないと見えないんだもん」

「だって、翔ちゃん。だっこしてあげて」

「いいの?」

「えっ、いいって言ったらしてくれるの?」

「おんぶでもいいよ?」

「えっ、えっ?」


 にっこりと笑いながら手を差し出してくる翔ちゃんのあまりのノリのよさに驚きだ。

 どうしたんだろ、大丈夫かな。教育実習から逃避したいがために、なんかちょっと頭おかしくなっちゃったのかな。

 目の前の手をとることもできずにおろおろとしていると、薫がポンポンと肩を叩いてきた。


「…普段俺が沙苗ちゃんをからかってるときに翔ちゃんが下手に悪ノリしてこない理由がわかったよ」


 今度は差し出されていた翔ちゃんの手が頭の上にのせられている。


「でしょ?」