どこからどこまで

 薫と翔ちゃんはなかよしだなあ、と思いながら、あたしはひとりふらふらとクラゲのいる水槽に近づいた。

 ふわふわと漂うクラゲがただそこにあるだけではない。ライトアップされている。ライトの色もランダムに変わっていく。


「…わ、」


 可愛い。きれい。

 電池の残り少ないデジカメのシャッターをきる。赤いライトのあたったクラゲたちは、デジカメを通して見るとヘモグロビンのようだった。

 大きく広がったり、小さくしぼんだり。きっとそこに意志はない、きっと本能だけで動いている。それでも、何色に染まっても綺麗なクラゲたちにあたしはひどく惹かれた。

 色鮮やかなクラゲたちをこのまま自分の手元に置けたら、などと現実離れしたことを考え始めたあたしの肩に手が置かれた。


「さっきから固まっちゃって、どうしたの?」

「あ…、薫。クラゲだよ~、カラフルで可愛いよ~」

「クラゲかー。白くてふわふわしてて、なんか沙苗ちゃんみたい」

「…それ誉めてるの?けなしてるの?」

「……沙苗ちゃんの思ったように解釈して」

「またそれー?」


 今朝からそうだ、姉である自分を差し置いて、ひとつ上からものを言うような態度。それも、意味深な。


「さな、薫、」


 何かを言い返そうと口を開いた瞬間、翔ちゃんがあたしたちを呼んだ。それによって初めて、後ろがつかえていることに気がついたのだった。

 小さな男の子がジッとあたしを見ている。


「ご、ごめんね」


 彼の視界を遮っていたことを謝りながら先で待っていた翔ちゃんの元へ薫といっしょに向かう。

 クラゲの水槽から離れても、振り返ると男の子はあたしを見ていた。なんとなくにっこりと笑ってみせると、男の子も笑って近寄ってきた。


「くらげ?」


 "ら"の発音が"あ"に近い。舌足らずの発音が可愛らしい。


「うん、クラゲだよ」


 "くらげ"という単語を覚えたばかりだったのか、嬉しそうにする男の子は上機嫌で続けた。


「くらげ、きれい!」


 "うん、色んな色で綺麗だね"と言おうとして言葉に詰まった。


"白くてふわふわしてて、なんか沙苗ちゃんみたい"


 クラゲを見て薫が言った、さっきのセリフ。自分に重ねられた途端、"きれい"という言葉に肯定できなくなってしまった。

 あたしは曖昧に笑って手を振った。


「お父さんとお母さんと、離れないようにね」