どこからどこまで

 あたしの心配をよそにズケズケと失礼なことを言う薫に"まあ、いっか。大丈夫でしょ"と思いなおして、自分がトイレに行きたかったことを思い出した。





 急いで化粧を直して戻ってくると、薫がなぜかニヤついていた。


「え、なに」

「いや、沙苗ちゃんはさっきの子みたいに"しょーちゃーん!"ってやらないのかなあって」


 何かと思えば。やるわけがない。


「あのねぇ、かおちゃん。あたし、来年、ハタチなの。成人なの。そうでなくてもアレはちっちゃい子がやるから可愛くて許される行為なの。やるわけないでしょ」

「えー」

「えー…こっちが"えー"だよ……」

「……やってくれてもよかったのに」

「え?」

「いや、なんでもない」


 よく聞きとれなかった翔ちゃんの声に、なんと言ったのか聞き返しても教えてはくれなかった。頭をポンポンと撫でられるだけだ。

 薫はしっかりと聞こえていたのか笑っている。というか、やはりニヤニヤとしている。

 悔しくて何度も訊いたものの教えてくれる気配は全くなく、結局翔ちゃんに促されるままに入場券売り場の列に並んだ。

 まず驚いたのは入場券の値段だった。


「…こんなに、高かったっけ………?」


 美術館の展覧会の入場券レベルだ。場合によっては、それよりも高い。


「こんなもんでしょ」


 サラッと言ってのけた薫には反応しない。うったえるように翔ちゃんの方へ顔を向けた。が、黙ったまま頭を撫でられただけだった。

 くそう。同意してくれる人がいない。

 予想外の入場券の値段の高さによって財布の中身がさみしいことになってしまった。美術科1年のみんなにお土産を買おうと思っていたのだが、この分だと自分の欲しい物は買えそうもない。

 気を取り直して入場券を見ると、絵柄がペンギンだった。これはもしかして何種類か絵柄があるのでは?と思い、薫のものを覗き込むと、しかしそれもペンギンだった。


「あれ、みんないっしょなのかなー」

「俺のラッコだよ」

「あ、ほんとだ~。やっぱり絵柄何種類かあるんだ~」

「こんなんで喜ぶとことか、ほんと沙苗ちゃんて変なとこコドモだよね」

「えー、だって可愛いじゃん」

「うん、可愛い」

「…翔ちゃんは何に対して言ってんの?なんか今日、大丈夫…?」