どこからどこまで

 まずは海水と砂でベトベトになった足を近くの水道で洗った。髪や顔もなんだかベトついているように思えたが、あとは水族館に行って余力があったらお昼を食べて帰るだけである。入浴は深夜出発する前に済ませてきたことだし我慢する他ない。

 化粧は水族館の御手洗いですればいいかな……車の中でするのも気がひけるし。

 コンビニで買ったおにぎりにパクつきながら、とりとめのない話をしているうちにあっという間に着いた水族館はやはりというか、混んでいた。

 "考えたら今日、日曜か"と呟いた翔ちゃんの言葉に納得する。通りで小さいお子さん連れのご夫婦が多い。

 "おとーさーん!"と声を張り上げながら手を広げて走っていく小さな女の子が目について、思わずジッと見てしまった。その女の子が向かっていく先には笑顔のお父さんが待っていた。微笑ましい。

 今が一番、可愛い時期なんだろうなあ。反抗期になったら口もきかなくなったりするんだろうし。


「可愛いね」


 シビアなことを考えだしたあたしの横で、柔らかな表情をした翔ちゃんがそう言った。

 小さな娘を抱き上げたお父さんは、頭を撫でながら近くにきたお母さんと話している。どうやらトイレ待ちだったらしい。


「うん、すごく微笑ましい」


 翔ちゃんはいいお父さんになりそうだなあ、と思いながら、そういえば翔ちゃんって子どもがすきなんだったっけ?と疑問にも思った。自分と同じ教育学部に入ると知ったときは意外に思った記憶がある。


「実習行ったら翔ちゃんも"しょーちゃんせんせー!"って、子どもに抱きつかれたりオモチャにされたりしそうだよね」


 悪気はないのか特に表情もなくサラッと言ってのけた薫に対して、翔ちゃんは苦い顔で応えた。


「小学校低学年だったらまあ…そうなりそう」

「翔ちゃん先生、絶対人気者になれるよ」


 特に女子の。

 心の声は漏らさずに笑顔で翔ちゃんの背中を軽く叩く。

 翔ちゃんは何か言いたそうに口を開きかけたが結局何も言わなかった。代わりに微笑をくれた。

 ん?気に障るようなこと言ったかな…。


「翔ちゃん、女子小学生に手ぇださないでよね」

「薫、車の鍵渡すから先戻ってなよ」
「すいませんでした」