自己嫌悪に陥るあたしの耳に届いたのは溜め息だった。


「…沙苗、」


 本気で呆れられてしまった、と更に悪い方向へと向かい始めたあたしの気持ちを、再びよい方向へと持ち上げてくれるのもまた、やはり翔ちゃんである。

 そっと手を引かれた。


「まだ寝ぼけてるんでしょ」


 手をつないでいる。そう自覚するのに、どれだけ時間がかかったのだろうか。


「沙苗は今のままでいいんだよ」


 砂を踏む感触にまで意識がいくようになった頃には、あたしは昔のことを思い出していた。


「沙苗がしっかりしちゃってたらさ、世話やけなくなるわけ。寂しいよ、そんなの。やだもん、俺」


 手をつないで一緒に歩いたのは、いつが最後?


「……うん、」


 訊いてみたいと思った。

 返事だけをして、訊くのはやめることにした。


「でも、イライラしたら殴っていいよ」


 翔ちゃんは笑っていた。"なんで。殴んないよ"と言いながら。

 その笑顔に免じて、翔ちゃんのセリフを鵜呑みにすることにした。あたしが落ちこまないように気を遣って言ってくれたのだ、本心ではないかもしれない。わかっているつもりだ。それでも、ここであたしが自己嫌悪に陥り続けてもなんの意味もないのだ。

 せっかく連れてきてもらったんだ、落ち込むのはあとにしよう。


「うわ……」


 手を引かれるままに歩いていくと、視界がすでにかなり明るいことに気づいた。太陽がもう、完全に海と空の境目の上にある。光に照らされて海もほぼ白い。

 きれい。

 自分の乏しい語彙力では、とても表現できない。

 まぶしくて顔までは見えないが、薫が手を振っているのがわかった。


「海のばかやろー!」


 手も振り返さずに叫んだ。

 隣で翔ちゃんが声をだして笑っている。"うっわ、言うと思った"と、薫の呆れた声も聞こえた。

 お互いに離そうとしない手に、少しだけ力をいれてみると、そっと握り返された。




"寂しいよ、そんなの"


 きっとあたしの方が寂しいよ、翔ちゃん。

 あたしが翔ちゃんのためにできることは、十代最後の年をむかえるようになった今でも、ねぼすけの翔ちゃんを起こすことだけなのだ。