沙苗が進んで買いだしに行ってくれて、よかった。内心、胸をなでおろす。

 今ふたりきりになってしまったら、俺はきっと自制がきかないだろうから。


"さなのこともらってくれたら、"

"もらうって嫁に?"


 叔母と、もうひとりのいとこのセリフが先程から脳内をグルグルとまわっている。

 2人に悪気などない。わかっている。俺の気持ちを知っていて、沙苗も含めて少しからかっただけだ。そこには厚意だって含まれていたはずだ。

 俺はただ、怖かった。

 結婚をほのめかすような内容に、沙苗がどんな反応を示すのか。


"新婚さんみたいだね"


 あのときは言わなかった。沙苗は、"いとこなのに新婚なんて変だよね"とは言わなかった。正直、そこには安心している自分がいた。

 しかし今回はわけが違う、家族の前だ。その場を言い逃れるために、こんな言い訳が使われたっておかしくはない状況だったのだ。


"結婚なんてするわけないでしょ~"

"いとこなんだから"


 最悪の場合は一瞬のうちに脳内をめぐった。

 聞きたくなかった。沙苗の口からだけは聞きたくなかった。言われたくなかった。怖くて、しかたがなかった。

 そんなことを言われてしまったら、俺はどうしたらいい。

 実際には、沙苗は俺が予想したようなセリフを口にすることはなかった。

 心底、安心した。泣きたいくらいに。

 あのとき俺の腕に置かれた沙苗の手を、握ってしまいたかった。触れたかった。本当に、泣きそうだった。

 今ふたりきりになってしまったら、引き寄せて、抱きしめて、頬を寄せて、情けないことに泣きわめいていたかもしれない。

 叔母から連絡があったときから、嫌な予感はしていた。叔母も、もうひとりのいとこも悪気はない。わかってはいても思うことはある。

 薫を泊めるの、断ればよかったかな。

 俺は、薫がうらやましい。薫は沙苗の弟だ。いっそ薫のように沙苗の兄妹になれたなら、沙苗の兄になれたなら、こんな風に悩むことはなかった。不安定になることもなかった。兄として、素直に妹を慕うことができただろう。

 もし本当に兄妹だったなら、こんなに、こんなにも、すきになることもなかったのに。

 それでも、いとこでなかったら、こんなにすきにはなれなかったのだ。