母はその後も続けて世間話などをしたあと、翔ちゃんに礼を言い、なぜか薫にあたしのことを頼み、あたしには小言を言って帰っていった。失礼な話だ。

 別れ際に翔ちゃんに渡していた菓子折りが、あたしのすきなお饅頭だったため、まあこれ以上の文句は言わないでおこう。ついでにお米も置いていったらしい。ありがたい話だ。


「沙苗ちゃんさ、彼氏いないの?」


 今は夕食の買いだしの最中だ。あたしが手に取った買い物カゴを奪いながら薫が言った。


「いないよ」


 即答である。

 夕食は何がいいかという翔ちゃんの問いかけに薫も即答した。


"とろろそば"


 夕食のメニューは決まったがしかし、めんつゆが切れていた。しかも長芋もない。そこであたしが買いだしに買ってでたところ、薫も着いてきた、というわけだ。


「ほんと?ちょっとそういう雰囲気になった人くらいいるでしょ、大学入ってから」

「あたしなんかより薫はどうなの。ミニスカートの女子高生に囲まれて~、よりどりみどり?」

「うちの高校、やたら校則厳しいからミニスカートの女子高生なんていないよ」

「えー、残念だねぇ」

「数ヶ月前まで女子高生だった人が何言ってんだか」

「もう遠い昔のことのようだよー。あ、あった。長芋~」

「…」


 思えば薫とも、こういった話は今まで数えられる程しかしたことがなかった。はぐらかされたような気もするから、きっと今までに何人か彼女と呼べる人くらいはいたのだろう。口にださないだけで。

 大きくなったなあ、薫。あたしも来年、成人なんだもんな。お母さんも年とるわけだわ。

 さり気なく奪い取られた買い物カゴ。今だって、重いめんつゆのボトルはあたしには手に取らせようとはしない。重くなった買い物カゴは、あたしが申し出たところで持たせてはくれないのだろう。

 モテたりするんだろうな、それなりに。


「浮いた話、ひとつもないよね。沙苗ちゃんて」

「地に足つけてたいんだもん。自分に余裕のある人がするもんだよ、恋愛なんて」

「ないの?余裕」

「ないよ~。家事して、授業でて、課題こなして、友達と遊んで、単位とって、それだけで精一杯」

「色気ないね」

「なくていいよ。まだ何か要るかな?」

「翔ちゃんから何か頼まれてる?」

「ううん」

「じゃあ、だいじょぶじゃない?連絡もないし」