「ニヤケてんなよ、"しょーちゃん"」


 沙苗に会釈を返した剣持がニターッと嫌な笑みを浮かべた。

 反射的に口元に手をあてる。

 沙苗と接していると、どうも気がゆるんでしまう。もちろん、よい意味で。ただ、他人に見られていたとなると話は別だ。


「……何が"しょーちゃん"だよ、気持ち悪い」

「どっちが。サナちゃん?と喋ってるときのお前、まるで別人だったわ。他のヤツにも見せてやりたいくらい」

「…ふつうだよ」

「フツーねぇ、」


 すきな子の前と科の奴らの前じゃあ違うのなんて当然だろうが。と、言ってやりたいのは山々だが、こらえることにした。変に言い返せば、かえって面白がられる。こいつと過ごしてきた約2年半で学んだことのうちのひとつだ。

 なおもニヤニヤし続ける剣持に先手をうつことにする。


「幼なじみだよ、ただの」

「彼女じゃなさげなのは雰囲気でわかったけど。何科の何年?」

「美術科の1年」

「え?技術?」

「"わざ"の方じゃなくて"美しい"の方」

「あー、やっぱり?美術な~、芸術系の専攻の子って雰囲気あるよな。いい意味で変わってるっていうか」

「そう?ふつうだよ。多少ズレてたり抜けてたりはするけど」

「まあ、あれだな。ゆるふわ系。可愛いじゃん」


 可愛いよ。

 言われなくたって、知ってる。昔から、ずっと。

 本格的にいらつく前に話をそらそうと話題を探す。しかし剣持は意外にも急に気持ちの悪いニヤケた顔を引っ込めた。普段ふざけた奴が真剣な顔をすると妙に緊張が走るのはなぜなんだろうか。普段めったに怒ることのない人間が怒ると怖い、ということと、似たものを感じる。


「で?すきなんだ?」

「すきだったら悪い?」


 ムキになって否定すれば、こいつの思うつぼだ。

 予想外の反応だったのか、一瞬だけ目を丸くした。

 しかしそれでも探るような目つきは変わらない。普段はバカっぽいくせに、妙に聡いところがあるのも事実だ。


「幼なじみって言ってたけど、まじ?」

「…違うって言ったら?」

「別にー?なんかちょっと引っかかったってだけだけど。え?幼なじみじゃないってこと?」

「……」


 墓穴を掘ってしまった。