なんとなく、ポンと沙苗の頭に手を置いた。

 余所行きの顔をつくる沙苗が少し遠くに感じて、寂しかったのかもしれない。

 情けない。


「あ、ライン見た?そうなんだよ~。でも休講だった授業の補講が最後のコマに入っちゃって…」

「そっか」


 置かれた手には動じることなく、ただ視線だけがわずかにさ迷った。剣持の反応を気にしたのかもしれない。当の本人は品定めでもするかのように沙苗を無遠慮に眺めまわしている。

 剣持の視線に気づいているのか、沙苗がうっすらと苦笑を浮かべた。"ごめん"と声をださずに口の動きだけで伝えると、伝わったのか緩く首を横に振って笑う。


「あ、これ翔ちゃんの?落ちてたんだけど…中見たら名字がそうだったから、そうかな、って」

「あ、」


 差し出されたのは印鑑だった。ケータイを取りだした拍子にポケットから落ちてしまったらしい。


「俺のだ。ありがとう」

「翔ちゃんって、たまーにうっかりさんだよね~」

「さな程じゃないけどね」

「あ~、そういうこと言う?落ちたままにしといた方がよかったかな~?」

「ほら、補講。行かなくていいの?」

「わっ、あと5分だ」


 腕時計に目をやり途端にあわてだす早苗にクスクスと笑ってみせる。

 頭から離した手で印鑑を受け取った。

 帰ればまた会えるのに、名残惜しいのはなんでなんだろう。


「じゃ!」

「うん。印鑑、ありがとう」

「はーい」


 "引き止めてしまって、すみませんでした"と剣持への会釈も忘れずに、沙苗は駆けていった。普段いくら抜けていても、こういった細かいところで気を遣える子だ。

 科内の先輩にも可愛がられてるんだろうなあ、と思うと複雑だが。