事前指導後。

 首を傾けてポキポキと骨を鳴らす。ネクタイもゆるめる。

 ただでさえ堅苦しい格好をしているというのに、数時間同じ体勢でいなければならないのだ、肩が凝るのも当然だ。

 …沙苗に頼んだらしてくれるかな、肩もみ。

 考えかけて、やめた。学校にいるときまで沙苗のことを考えているのは、我ながら危ない気がした。


「どうした?印鑑忘れた?」

「いや、」

「あ、そう」


 固まっている俺を不思議に思ったのか、友人、剣持が振り返ってきた。

 事前指導の出席は印鑑での捺印によって認められている。所定の欄に捺印されていなければ欠席扱いとなり、後日に呼び出されることになっている。

 今はその、捺印のための順番待ちだ。


「あー!やっと終わった。帰って寝るべ」


 捺印が終わり、スーツを着た集団の中から抜け、教育学部の学部棟からでると、剣持が伸びをしながらそう言った。


「ほぼ寝てた奴が何言ってんだか」


 呆れながら、ポケットからケータイを引っ張り出して確認する。

 ラインの通知。沙苗からだった。


『今朝言い忘れてたんだけど今日彫刻あるから帰り遅くなるしもしかしたら夕飯いらないかも!また連絡します』

『あ、なんか休講だったみたい!ご飯要ります~!!』


 おっちょこちょいだな、相変わらず。

 頬がゆるむのは無意識だった。

 うっとうしいことにそれを見逃してはくれなかった剣持が、すかさず画面を覗きこんでくる。


「なにニヤケてんの……って、なんだ、ラインか………彼女?」


 見られまいと隠したおかげで内容までは読まれずに済んだがアイコンで女だとバレたらしい。ニヤニヤと笑いながら訊いてくる。


「ニヤニヤしてんのはどっちだよ」

「否定しないし。まじで彼女?」

「ちが、」
「翔ちゃん…?」

「え、」


 沙苗?

 反射的に後ろを振り返ると、よそ行きの顔を貼り付けて笑う沙苗がいた。

 …白昼夢かと思った。


「学校で会うの、初めてだね」


 普段より高めの声。

 隣にいる剣持にも気を遣ってのことなんだろう。沙苗は昔から人見知りだ。


「休講じゃなかったの?帰ったのかと思ってた」


 確かに、初めてだ。

 専攻は違えど学部は同じ。しかし今まで一度も、すれ違ったことさえ一度もなかった。