沙苗が結んでくれたネクタイをほどき忘れていたことに、家をでてから気づいた。

 …質(たち)が悪い。

 沙苗は本当に、ある意味で、質が悪い。


"なんか新婚さんみたいだね"


 意図して言ったわけではない。ひとりごとのようなものだ。思っていたことがポロッと口にでていただけなんだろう。決して俺の反応をうかがおうなどと、考えてはいない。

 だから、だからこそ、困るんだよ。

 無意識で、無自覚で、無防備で。

 乱暴にネクタイをほどく。

 俺もあのとき、同じことを考えていた。必死にネクタイと格闘する、沙苗を見て。

 今の状態だって、ハッキリ言えば半同棲みたいなものだ。そこに足りないものはわかっている。嫌ってくらいに。

 俺の覚悟と、沙苗の気持ち。

 沙苗はいつも、無意識で、無自覚で、無防備だ。きっと余所でだってそれは変わらない。俺に笑いかけるときと同じように、友人にも、教授にも、俺以外の男にも、笑いかけているに違いない。

 無意識で、無自覚で、無防備に、男が勘違いするような台詞をサラッと言ってのけるのだろう。

 俺にそうだったように。

 特に飲み会なんて、できるものなら行かせたくはない。4月、新歓のときは気が気じゃなかった。女の子だからとそこまで飲まされる心配はしていなかったが、沙苗が酔っ払いに対する耐性を備えているとは思えなかった。こんなことなら美術科に知り合いをつくっておくべきだったと、どれだけ後悔したことか。

 ほどいたネクタイを乱暴にポケットの中へ追いやる。

 昔からそうだ、独占欲だけはいっぱしに強い。