嬉しいけど、翔ちゃんは昔からなんでもかんでもあたしに譲るんだよなあ。行きたい場所も、食べたいものも。
 いつか何かを翔ちゃんに譲れるようになることが、あたしの密かな目標だったりする。


「じゃあ、そろそろ行くから」

「はーい、行ってらっしゃーい」

「行ってきます」


 ドアが閉まる音のあとに、カチャッと鍵の閉まる音。あたしももうすぐでるっていうのに翔ちゃんはいつも、わざわざ鍵をかけていく。心配性なのか、ただ几帳面なだけなのか。

 ひとりになってしまった空間で、ひとりで食べるには多すぎる気がするメロンと向き合う。皮からちゃんととってあるところが翔ちゃんらしい。

 どこがいいかなあ…。

 メロンをフォークで刺しながら、考えをめぐらせる。

 美術館は友だちと行くだろうし、どうせなら遠出したいし…。

 いっそでかけずに映画でも借りてきて夜通しで見まくるという手もある。あたしも翔ちゃんもそこそこ映画好きだ。ただ、それだと薫がすぐに寝てしまう気がする。


「うーん…」


 メロンを口に含みながら唸る。甘い。

 きっと翔ちゃんは、あたしがどこに行きたいと言っても笑ってつきあってくれるんだろう。薫は兎も角。

 でもまあ、なんだかんだで夏休みは楽しみだ。


「薫と相談すればいっか」


 翔ちゃんのあたしへの甘さは、たぶんメロンなんかよりもずっと甘い。