「ところで翔ちゃん、今日はだいぶゆっくりだね」


 いつもならあたしよりも先に食べ終わっているはずなのに、焼き鮭に至っては未だに手つかずだ。


「今日の1コマ、休講だから」

「え、そうだったんだ……ごめん」

「なんで謝る」

「だって……やっぱりさ、翔ちゃんが1コマないときは朝ご飯くらい自分でというかなんというか…2コマからならさすがの翔ちゃんもひとりで起きられるでしょ?」

「起きらんない」

「えっ?」


 野沢菜をつまみかけた箸が止まった。パチッと小さな音をたてて置かれる箸、パチリと合う目。そらしたりしたら変な雰囲気になってしまう気がして、唇をキュッと結んで耐えた。


「起きらんないよ」

「…またまたぁ~」

「何度も言うようだけど、いいんだよ。本当に。すきでやってるんだから」

「いや、でも…やっぱり悪いなって思っちゃうし……」

「俺だって家事とか色々やってもらってるし、変に気ぃ遣われる方がつらい」

「………」

「さなの顔見ないと、目ぇ覚めないし」

「え~、何それ」

「っていうか時間、平気?」

「あっ、そろそろ行かなきゃ」

「そのままでいいよ。片づけとくから」

「わ~、ごめん!ありがとー」


 キャンパストートを肩にかけてワタワタと玄関に向かう。こんなにあわただしいのは初めてかもしれない。気分的な問題なのかもしれないけど。


「沙苗、」


 底がぺたんこなバレーシューズにかかとを入れたところで呼び止められた。いつの間にか目の前にいる。

 わざわざ玄関までついてきてお見送り?これは"日課"じゃない。初めてだ、こんなの。


「なにー?」


 なんだか面白くなってきて、笑ってしまう。悪気はない。

 そんなあたしにかまいもせず翔ちゃんの手がのびてきて、額に触れた。突然のことに驚いて身を引いたら、いつの間にか後頭部のあたりにも手が添えられていて動けない。

 翔ちゃんの手、ちょっと冷たいや。


「…あつい?」

「全然」

「そんな体調悪そうに見える?」

「体調っていうか…なんか、変」

「変なの?」

「まあ、いつも変なんだけど」

「えぇ~、酷い」

「違った意味で変、かな」


 納得がいかなくて黙りこむ。

 いつもはこんなことしないくせに、翔ちゃんの方が変だ。

 こんなの、いつも通りじゃない。