暗い穴は魔物のように、大きな口を開いて 我らの血肉を狙ってる――。

古くから伝わる言い伝え。
ゆっくりとしたリズムに乗ったその言葉は、誰もが一度は聞いたことがあるほど。

日本昔話『桃太郎』に次ぐ有名な話。


200年前に異世界に通じる道『異通洞』を人工的に作る技術を生み出した科学者も200年も経った後世で、

一度は天才と呼ばれた自分が『史上最悪の発明者』と呼ばれていることをどう思うだろうか。


「世と言うものは、無常だねぇ~」

「は?」

コーヒーのカップをお盆から少し浮かせたところで、ティノの手が止まる。
そして、再び動き出した手はカップをお盆から机へと運ぶ。

「なんのお話ですか?」

「過去の偉人たちも大変だなって事さ。」

煙草をふかしながら言うペルに、ティノは心配そうに言った。

「昨日から書斎に籠りきりではないですか。あまり無理をされては身体に毒ですよ。」

「あぁ…。少しばかり手違いがあってな。」

「手違い?」

ティノは微かに眉をひそめた。

「ルギーを私の息子にしようと企んでいることが、なぜかエレノール嬢に漏れていた。」

「エレノール様に…。」

「あぁ。せっかくまとまりかけていた縁談もパーになるかもな。」

「かもな、では困るんですよ。」

言葉のわりにティノは落ち着いている。
いつものように、ペルのくわえている煙草を抜き取ると机の置いてある灰皿にその煙草を押し当てた。

「思ったより落ち着いているんだな。」

「陛下は、策略家ですから。焦ったふうに装われていても、何か新しい企みがあるのでしょう?」

「過大評価しすぎだよ。」

ペルは笑った。

「どうでしょうか。」

ティノも微笑むと一礼し、部屋を出て行った。