今まで、経験したことのないこの状況は、祥子の頭を真っ白にした。

男性は祥子に自分の顔を寄せると囁き

祥子は恐怖に、目を固く閉じる。


「分かったぞ。貴様、我の正体を知り、我を陥れようとしているのだな。」


そう言って、男性は祥子の口元を覆う手を離す。

「どうだ。当たっているだろう。…そうだと言わぬか!!」

祥子は懸命に首を振る。
恐怖に声が出なかった。

腕を掴まれてるせいで、逃げることが出来ない祥子は、視線だけでそっと辺りを見回した。

ここは、住宅地の出前。

ここで、大声を出せば誰かに気付いてもらえるかもしれない。


でも、祥子は大声を出せなかった。

いや、出さなかった。



不意に見上げた男性の顔がとても悲しそうだったからだ。


「なんでそんな顔を、するの…?」

今まで出なかった声が、この時は自然に出た。

この問いには男性も驚いたのか、祥子の腕を掴む力が弱まった。

でも、祥子は逃げようとはしなかった。