恋は、ときめきからはじまると、友達から聞いていた。
「ときめき?」
そう道香が疑問を返せば、返ってくるのは乾いた笑いと曖昧な答えだけ。そんなもので、分かるはずがないと思った。そして、分からない人間には恋なんて出来ないのだろうと、そのときに悟らされた。
考えれば考えるほど、孤独であることが、ますます虚しくなってきた。これ以上なにも考えたくないと、テーブルから起き上がり、メニューを見る。
手書きのメニュー表なのだろうか。読めないわけではなく、ただ丸く可愛らしい文字が並んでいた。ハートなどの絵も書いており、カウンターにいる人が書いたのだろうかと疑った。チラリと見るが、どう見ても男である。しかも、細見ではなく、筋力のわかる体。世の中は外見では判断出来ないなと、道香は再びメニューに集中する。
喫茶店らしく、少々高めな値段であった。帰りのことを考えて手が届くのは、飲み物くらいである。しかし、メニューには好きなものがあり、安心してすみませんとカウンターに声をかけた。この店は、道香の期待を裏切らないようだ。
「メロンソーダ下さい。」
カウンターに聞こえ、尚且つうるさくないと思う声で、そう注文した。
カウンターの人はすぐに、
「かしこまりました。」
と頭を下げれば、店の奥へ入っていく。カチャカチャと聞こえだす食器らしき音。
手持ち無沙汰になった道香は、携帯の電源を入れた。目まぐるしく変わる画面に、早く終われとイライラを募らせ、無駄に画面を連打した。しばらくして、画面がやっと待ち受けになる。
しかし、その画面を見ながら思った。することがない。なんの通知も来ておらず、開くべきページがない。
何のために、面倒くさい電源を入れたのか。今日何回めか分からない虚しさが込み上げてくる。そういえば、1人で電車に乗るときも思った。町中でカップルを見つけたときも……。
「お待たせしました。」
虚しき思考を消し去るように、その声が聞こえた。テーブルに置かれたメロンソーダ。シュワシュワと泡が上る先にはバニラアイスが乗っており、さっきまでの思考を忘れさせた。テンションが上がる。
「あ、ありがとうございますっ!」
携帯をテーブルに置きながら、道香は満面の笑顔を向けた。店員も、それに微笑で返す。
「いえいえ。それにしても」
「それにしても?」
店員は、視線を道香から後ろの方へ移した。自然と、道香もそちらへと振り返った。
「今日は、メロンソーダがよく出ますね。」
その先には言葉通り、メロンソーダが置いてあった。そのまた先には文庫本。そして、男の人。
黒に近い大人びた茶色の髪は、短めに切られ綺麗に整っている。前髪から見える目は黒く、本の方へ集中していた。
しかし、こちらからの視線に気付いたのか。その黒い目を、本から道香へ向けた。目が合ってしまう。どぎまぎとする道香とは対照的に、彼は微笑んだ。名前すら知らぬ彼女に。
その柔らかく、暖かい笑みからは、彼自身がそのまま伝わってくるようで。
冷房が効いている室内であるのに、顔が赤くなるのを感じた。それが分かられたら困ると、すぐに目線をそらした。顔を手で隠す。
しかし、再び彼女は振り返って彼を確認した。既に彼は本へ集中を戻しているのを確認すると、彼女は素早くテーブルへ向き直る。
店員は、すでにカウンターへ戻っているようだ。
向き直った勢いのまま、メロンソーダにストローをさす。ストローに口を寄せ、メロンソーダを口に入れる。甘く、シュワシュワするそれを流し込めば、ようやく落ち着きを取り戻せた。
「あー……私のバカ。」
そして、自分の行いに、とんでもない嫌気がさした。少なくとも、小さく呟いてしまうくらいには。せっかく向けられた微笑みを、自分の感情で無視という形をとってしまったこと。そして、おさらく人生始めてであろうときめきを、無下にしてしまったこと。
どうしょうもないと考え始めたとき、テーブルにある携帯が目に入った。