突き抜けるような青空。そこに白い雲はない。太陽の光を遮るものはなにもないため、その暑さも紫外線も、すべてをそのまま、肌に受ける。
「あっつぅ……。」
まだ日焼け止めは残っていただろうかと思いつつ、一介の少女である由良道香(ゆらみちか)は、肌を伝う汗を拭った。
少し立ち止まり、日焼け止めを塗り直すために、ピンク色をした小さな入れ物を取り出した。手で器を作らないと溢れてしまう量の白い液体が、入れ物から出てくる。出しすぎたとは思わなかった。涼しいことを期待して、少し肌色の部分が多い服を来てきた。しかしその期待は裏切られた。日焼け止めをいくら塗っても塗り足りないというデメリット付きである。バカなことをした自分を呪う一方、1日で1本を使いきる覚悟は既にした。悲しいことに。
しかし、日焼け止めでは暑さは防げない。液体を肌に馴染ませている最中、目線に入ったのは喫茶店"ジャスミン"の文字。そんな名前は友達に聞いたことすらなく、そうなると勿論、行ったことすらなかった。しかし、冷房が効いていれば、今はなんでもよかった。ただただ、涼しいことを期待し、駆け足でそこへ走った。

 *

普通の喫茶店と、なんら変わりない外見。窓から見える中も、至って普通だ。時間が食事でも、おやつ時でもないからか。人は少なかった。
扉を開ける。カラカラと鈴の音が鳴り、いらっしゃいという声が聞こえた。低い男声で、よく通る声。
中は、道香の期待に答えるように、ほどよく冷房が効いていた。さっきまで熱を持っていた体が、段々と冷やされていく。その感覚に思わず、叫んでしまいそうなくらいの快楽を覚えた。ひとまずはなんの心配もしなくていい。
安堵のため息をつけば、カウンターに一番近いテーブル席に座る。少なからず持ってきた荷物は隣に。そのままテーブルに項垂れた。手は力なく揺らす。
「……幸せ。」
ぽつりと溢してしまうくらい、彼女の気持ちは高ぶっていた。テーブルの隙間から見える表情からも、幸せなことが伺える。
しかし、様々なことが頭をよぎった。
――こういうときは、大体嫌なことばかりが思い浮かぶものだ。
学校は夏休みになったものの、宿題はやる気にはならない。部活は夏休みに入る前に終わった。友達と遊ぼうと思うも、皆がみんな、彼氏彼女を理由に断る。やることと言えば、回っている扇風機の前で
「あー……。」
と言い続けるだけだ。それにも飽きたし、なにより掃除の邪魔だと、母に家から出された。こんな炎天下の中で家から出す母は多分、相当な鬼畜なのかもしれない。父は出張。兄弟姉妹なんかいないし、親戚やいとこなんて、会っても気まずいだけだ。
そこまで考えて、孤独な自分に思わず涙が出そうになった。何故皆彼氏彼女がいるのか。どうやったら出来るのか。そもそもどうやったら人をそんなに好きになれるのか……。