あのことがあってから2週間後、私は吹奏楽祭を見に行った。わざわざ取り寄せた訳でもなくて母が送って来たものだった。出来ればこんなにめんどくさいところに行きたくない。でも、昔大好きだった吹奏楽だから母は気を使ってくれて私に送ってくれたのだ。そう思うと、見に行かなければならないと思った。
「パチパチ、パチパチ。」どうやら始まったようだ。拍手が演奏より先に盛り上がる。
「立花高等学校、バレエ音楽からライモンダです。」演奏が始まった。そして私は吹奏楽の楽しさを思い出した。あぁ、自分は何を忘れていたのだろう。何を求めていたのだろう。いま、この気持ちが私の吹奏楽に対するすべてのものだ。
「つづいて、板倉第一高等学校です。曲は、伝説のアイルランドです。」最初の演奏から少し経って、最後の方に近づいてきた。私はもうさっきのめんどくさいという気持ちを忘れてだいぶ楽しんでいた。
「パチパチパチパチパチパチ。」板倉第一高等学校の演奏が始まった。映像が見えそうな音が会場全体に響き渡った。板倉第一高等学校の吹奏楽部の方たちがこの日のためにどれだけ練習をしてきたのか?私たちにいい音楽を届けたいとどれだけの人がこの音のために協力してきたのか?
私はもちろん、この音をつくれないのだから、そんなことはすべてわかるとは言えない。だけど、辛い努力と毎日の練習の日々がこの音にたくさんつまっていることは分かった。なんだか体がジーンとして…感動した。一生懸命頑張る板倉第一高等学校の方たちを見て、私も演奏がしたいと感じた。2番目、3番目でもいい。とにかく吹奏楽したい!いつの間にか涙がこぼれていた。そして気づいた。涙は、上手い演奏だから出るわけじゃない。その人たちの途轍もない努力を感じて出るものなんだ。自分にも人を泣かせられる演奏ができるかもしれないんだ。
「パチパチ、パチパチ、パチパチ、パチパチ、パチパチ、パチパチ、パチパチ。」拍手は断然板倉第一高等学校が一番長かったが、コンクールの結果は銀賞だった。それでも板倉第一高等学校のみなさんは、泣いてはなくて口を軽く結んで少しだが笑っていた。その顔はしょうがないの顔ではなくて、次頑張ろうの明日からの顔だった。私は寮に戻って一番に伝えたいことがあった。
「ただいま~!!」
「あ、おかえり。」2人はいつもと同じく暗い。
「ふ、2人にね。伝えたいことがあるの。」
「え、なに?聞くけど…」
「吹奏楽部のことなの。」
「あっ、そのことなら私はホントに怒ってないよ。レイナちゃんも同じだし。」
「違うの!最初に言っておく!私、やっぱり吹奏楽部作る!!」
「えっ、えっ、えっ?ホントなの?またどうして?私たちがやれみたいな顔してたから?」
「違うの!!わ、私がやりたくてやることなの。だから今度はきちんとやるの!だ、だから…」
「フフッ、協力するよ?」
「あ、ありがとぅぅ。」
「泣かないでよぅ。私たちさみしかったんだからぁ。もぅ、こっちも泣いちゃうよぅ。」みんなで泣いた。一生懸命泣いた。一人で泣いたときとはずいぶんと違った。全然さみしくなかった。
「前、吹奏楽をやりたいって言ったときさぁ、クソオヤジ教師がそんなに上手いなら見せてもらいたいもんだって言ったんだよねぇ。」私たちは泣きやんで、ちーちゃんが私に聞いた。
「うん。私はその言葉で落ち込んだ訳なんだけどね。」私は苦笑しながら言った。
「じゃ、じゃあアミちゃんの演奏をきかせれば良いんじゃないの?」ちょっとレイナちゃんってばなんてこと言うのぉ。そんな私が上手いわけないじゃん!
「無理だってぇ。」
「そう言えば、アミちゃんって何の楽器なの?」
「サックス!」
「えっ、花形じゃん!」
「えっ、って何よぅ!?」
「ハハッ。なんかアミちゃんって木管楽器のイメージだったからさ!」
「ちーちゃん、サックスは木管楽器だよ。金管楽器に見えるんだけど…」
「あっ、そうなんだぁ。金でつくられてるのにね。イヤ~、勉強になりました。」ちーちゃんに言われて少し嬉しかった。ちーちゃんはリーダータイプで私が役にたてたことがなかったからだ。
「ねぇ、先生にきかせる前に私たちにきかせてよ。アミちゃんの演奏!」
「確かに!オーディションだぁ!!」レイナちゃんとちーちゃんが騒ぎ始めて私は結局、演奏することになった。でも、2人には協力してもらってるし…一生懸命演奏しよう。
「じゃあつぎ、青谷アミさんです。」ちーちゃんが審査員みたいな感じで言ってふざけた。ってか、私以外オーディション受ける人いないでしょ。
「ハイッ。青谷アミです。担当している楽器はサックスです。よろしくお願いします。」私もオーディション気分でふざけた。
「はい。では吹く曲を教えて下さい。」
「はい。ルパンを吹かせて下さい。」
「ではどおぞ。」私はこの前の板倉第一高等学校の演奏を思い出しながら吹いた。人を泣かせられる演奏をするには、たくさんの努力が必要。でも、私だって中学校生活3年間を無駄にしてきたわけじゃない。私に出来ることを一生懸命頑張ってきた。いま、大事なのは自信を持って演奏すること。
私は吹き終わり、ホントにオーディションを受けている気分になった。
「ど、どうだった?」2人の顔をやっと見ることができた。そしたら2人はなぜだか泣いていて、ビックリした。
「ゴメン。泣いちゃった。感動した。ありがとぅぅ。」
「ホントに良い演奏だなっって思ったよ。私も演奏したくなった。ありがとぅぅ。アミちゃん!」
感動した、良い演奏だった、泣いちゃった、ありがとぅぅ、演奏したくなった、このすべての感想が嬉しかった。2番目、3番目だったけど頑張ってよかった。諦めなくてよかった。あの演奏に出会えてよかった。