そして、
無事に一時間目が終わり二時間目が始まった。

まだ教科書が届いてない遥は隣の香織と席をくっつけ見せてもらっていた。

遥は教室に入った時から気になっていることが一つあった。

それはまるで新品同様なくらい綺麗な遥の後ろの席。

優一の言った"橘"の苗字が頭から離れなかった。

香織なら何か知ってると思い、ノートのはしっこに何かを書いた。

[ねぇ、香織ちゃん
少し聞きたいことがあるんだけどいい?]

すっと寄せられた遥のノートをみて今度は香織が自分のノートのはしっこに返事を書いた。

[はるちゃんどうしたー?
あたしでよかったら何でも聞きなさいっ♪]

[私の後ろの席の人について…気になってね?]

[あー尚哉だよ!
覚えてない?ほら、よく三人で遊んでたじゃん!]

"尚哉"

"よく三人で遊んでた"

遥は何故か少し苦い顔をしていた。

覚えてないのではない。

"分からないのだ"

[ごめんね、香織ちゃん…分からないよ]

[ん?分からない?]

[実はね私ここに戻って来たのは、
記憶喪失だからなんだ…]

その事実に香織は思わず、え…っと声を漏らした。

だが、授業中だったのを思い出して内心動揺しながらも平然を保ちノートにシャーペンを走らせた。

[はるちゃん、どういうこと?]

[私ね10年前引っ越した時に、丁度向こうについたぐらいに交通事故にあったらしいの。
両親も亡くなって私はその時のショックで記憶喪失になったって]

それはびっくりする処ではなかった。

香織は言葉を失った。

何もノートにかけず、ただ遥が書いてるのを見てるだけだった。

[記憶喪失っていっても生活に支障があるほど重度のものじゃなくて、事故の時のショックでそれ以前の記憶が曖昧なの]

そしてタイミングよく授業終了を告げるチャイムが校内に響き渡る。

「はるちゃん、詳しく聞かせて?」 

「うん」

10分休憩が入り少しだけ二人は人気の少ない屋上への階段に移動した。

「私ね両親を亡くして向こうの親戚に預けられたの」

「うん…」

「お世話になりながら病院に通ってて、担当の先生に言われたの。
私にとって忘れたくても忘れられない思い出や人が分からなくなったんだって…」

「じゃあ、はるちゃんのママやパパのことも…?」

「うん、全然思い出せないの。
どんな顔でどんな人だったのか…」

「もしかして…」 

"尚哉も"と続くはずだったが何故かその言葉を飲んだ。

では、このまま尚哉が遥と会えばどうなるのか…

長年尚哉の傍にいたからこそ香織は心配だった。

「ねぇ、香織ちゃん」

「う、うん?どうしたぁ?」

「私にとって"橘君"はとても大事で忘れられない人だったのかな…」

「うん、多分そうだと思うよ」

「"橘君"は…
私のこと覚えてるかな…」

忘れられるわけない。

尚哉は、この10年間…

7才の時
たった1ヵ月しか一緒にいられなかった、

遥をずっと想い続けていたのだから。





その時



"はるか"



誰かが私を呼ぶ声が



微かにだけど



聞こえた気がした…








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