次の日、

その日も教室には尚哉の姿はなかった。

「はぁ~…」

香織は深くため息をついて机に顔を伏せた。

何故尚哉が教室に来ないのか、理由は分かっていた。

尚哉は成績優秀で運動神経抜群で顔立ちも整って人気者の要素はたくさん持っているのに、クラス…学校では浮いていた。

女子生徒は尚哉に好意を持っているが、話しかけもしなければ近寄りもしない。

その点男子生徒は感情を表に出さず常に無表情な尚哉を気味悪がっていた。

教師も最初は注意していたものの最近では全く無視だ。

だが、一人だけいた。

担任であり、数学の担当であるまだ新米教師の相澤優一だった。

彼はこの学校の校長の息子であってか教師の間では妬まれているが本人は見向きもしない。

クールだが気さくでイケメンと男女問わず生徒達には人気である。

そして、尚哉を小さな時から知る一人でもあった。

ガラッ

チャイムが鳴りやんだのと同時に教室のドアが開いた。

「出席取るからさっさと席着け」

優一の静かな口調に今まで騒いでいた生徒達はすぐに席に座った。

坦々と生徒の名前が呼ばれていく中、優一はその名前を呼ぶのを止めた。

"橘 尚哉"

「今日も来てないのか………佐々木」

「あ、あぃ…」

「お前…言ったよな俺に。
明日こそあのサボり魔連れてくるって…」

「あはぁー…
ゆうちゃん、これにはふかーい事情があってね…?」

「その台詞もう聞き飽きたんだけど?
いつになったらあのボケを連れてくるんだ?」

「きゃーゆうちゃん目がこわーい」

「あ、そうか…そんなに俺の愛の鉄拳を喰らいたいわけだな、なるほどね」

「申し訳ありませんでした、調子に乗りすぎました」

優一と香織のコントのようなやりとりは最早恒例となっていた。

すると優一は小さなため息を漏らした。

「まぁ、いい…
いつまでも転校生を廊下に放置するわけにはいかないしな」

"転校生"

その単語にクラスがざわついた。

入ってきてもいいぞ、と優一の言葉にドアが開いた。

ガラ…

入ってきたのは女の子だった。

ざわついていた教室が一気に静まった。

その中で香織は何処か懐かしく感じていた。

「少し事情があって、元々住んでいたこの町に戻ってきたらしい。名前は…」

カツカツ…

静かな教室にチョークの音が響く。

転校生の名前は、

"木名瀬遥"

「じゃあ、木名瀬自己紹介して」

「はい。
木名瀬遥と言います。
元々この町に住んでましたが、分からないことがありますので皆さんよろしくお願いします」

ガタン!!

遥の自己紹介が終わったのと同時に大きな音が響いた。

香織は立ち上がっていて、椅子は後ろに倒れていた。

どうやらさっきの大きな音は椅子が倒れた音らしい。

「佐々木、どうした?」

「は…はるちゃん…?」

「え…」

はるちゃんと呼ばれた遥は香織を見た。

そして、はっと何か思い出したかと思うとぱーっと笑みを浮かべた。

「もしかして、香織ちゃん!?」

「やっぱりはるちゃんだ!!久しぶり!!」

「わぁ…一瞬誰だかわからなかったよ!
香織ちゃんすごい綺麗になってるからっ」

「もーはるちゃんったら!
お世辞言っても何も出ないぞー?あ、飴食べる?」

「おーい、お前ら。
盛り上がってるとこ悪いけどもうすぐHR終わるぞ」

きゃっきゃっと花を飛ばしながら楽しく話していた二人は優一の言葉にやってしまったと言わんばかりに小さく笑った。

それに釣られクラスメイト達も微笑ましげに笑った。

「木名瀬の席は…あぁ、橘の前でいいな。
アイツは今日もいないけど教科書は隣の佐々木に見せてもらえよ?」

「はい!」

「やったね!!はるちゃんと席隣ーっ!!」



嬉しげに笑みを溢す香織は



まだこの時、



あんなことになるなんて



思いもしなかったのだった…