告別式。
葬儀屋が、
「本当に、最期のお別れです。まだ、故人とお話したい方は、もう少し時間を設けます」
そう言うと同時、私たちはもちろん、親戚、彼の友人たちの何人かが、出棺前に、麻弘の顔の回りに菊の花を添える。
「かわちが逝くなんて嫌! 絶対、嫌! 私も一緒にそっちに行く!」
「我儘、言わないの! 恋愛なんていくらでもできるでしょ?」
ある母子のやり取りが目に映った。
「だって、かわちと約束したんだもん!」
「もう、亡くなったの。他の人の迷惑だから、いい加減、帰るよ、みぃ」
棺にぴったりくっついて離れようとしないのが、確か、麻弘の彼女だと言っていた女の子だ。
その後ろから、引き離そうとしているのは、彼女の母親だ。
「申し訳ないけど、悲しいのはわかったけれど、もう、出棺の時間になったから。葬儀屋も困ってるんだわ」
揉め合う母子の前に伯母が出ていって、女の子を棺から離した。
「だーって、約束したもん! かわちに会えないなら、私、絶対、今、死ぬー! お母さん、離してー」
ギャーギャー騒ぐ女の子を、半ば強引に引っ張り、
「みなさん、どうもお邪魔しました。すみません、失礼します」
頭を下げて、何とか帰って行った。
「本当、時間をおしてしまってすみません」
「いいえ。故人との最後の別れが済んだということで、これから出棺いたします」
葬儀屋が、棺に釘を打ち終わると、手慣れた様子で、専用の車に入れた。
「火葬場ですが、此処からそう遠くはありませんので、来られる方は、各々、車でお越しください」
そう言うので、私たちも、各自、車で火葬場へ向かう事にした。
その車の中で、
「それにしても、すごかったね、さっきの親子。あの子、大丈夫かな?」
「大丈夫なんじゃない? まだ若いし、きっとまた恋人もできるよ」
などと会話をする。
まさか、あの親子とは、長い付き合いになろうとは思いもしなかった。


火葬場に着き、棺が竈の中に入れられた。
「だいたい、2時間くらいで骨になるかと思います。こちらの控室でどうぞ待機していてください。後ほど、また迎えに参ります」
そう言って、私たちは、控室へ案内され、そこで、くつろぎながら、麻弘が骨になるのを待つ。
「本当に、とうとう、麻弘が骨になるんだね…」
「ばあさんより先に逝ってしまうとはね」
皆、しんみりと、口々に思った事を言っている。
「まだ二十歳だったんでしょ? せっかくいい大学に入ってこれからって時にね」
タバコに火をつけながら、伯父がぼやく。
「真奈美も、自慢の息子だったもんな。高校も東だったし、大学も北大。エリートコースって感じだったし」
出された麦茶を飲みながら、もう一人、叔父がぼやいた。
「まぁまぁ、幸恵だっているんだから、この話はこの辺でやめておこう。それより、もう少し時間があるようだから、ちょっと庭を散歩しようかな」
私に気を使ったのか、タバコをふかしている伯父が、話題を変えた。
(悪かったね、たいした取り柄がなくて)
私は、正直、叔父二人の会話に腹を立てていた。
確かに、母はどちらかというと、弟の方を自慢していた。
「麻弘くらいだね、国立大学まで進学したの」
「うちなんて、札大でしょ? 麻弘は努力してたんだもんね」
伯母たちまでが、麻弘の自慢話が始まった。
私は話を聞かないふりをして、優実さんたちといとこ同士集まって話に夢中になる事に決めた。
「小さい頃、泣き虫だったでしょ? だから、小学校、中学校っていじめられないかちょっと心配だったさ」
「それは言えてるね。でも、幸恵は、麻弘が逞しくなってホッとしたんじゃないの?」
「やっと頼れるかなって時に、一人で先に逝くか? ったく、親の面倒、私が一人で見ないといけなくなったっしょ」
私はこれから起こりうる現実を考えると、少々腹が立った。
「あ、そうか。うちは私入れて子供が4人だからな。でも、だいたい、女が面倒見るようになるんじゃない? うちは兄貴いて、下に二人弟だけど、きっと何もしないと思うな。何かと母親は特に長女を頼ってくるようになるんだよ」
佑香も、同情のまなざしを私に向けてきた。
「そういうものかな」
などと、談笑していると、葬儀屋が、
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
私たちを呼びに来た。