葬儀ってのは、本当に慌ただしく行われるものだなと思った。
麻弘が亡くなってから、夜通し、母たちは日取りを決めていて、ろくに睡眠をとっていない。
もちろん、私はなにもすることがなかったとはいえ、寝付いたのが夜中を過ぎていたから、いつもよりは睡眠不足だ。
今日はお通夜だ。
斎場へと移動する車の中で、父が、
「あの、明日で本当にお別れなんですよね?」
ドライバーに尋ねる。
「ええ、そうですよ。何か心残りでもあるのですか?」
ルームミラー越しにドライバーが聞いてきた。
「あの…、まっすぐ斎場に行く前に、この子が生前通っていた大学を回ってあげてくれませんか?」
「そういうことでしたら、ご遠慮なさらずおっしゃってください。わかりました、大学へ向かいましょう。あの、どこですか?」
嫌な顔をせず、ドライバーは、棺ごと、私たちを北大まで連れて行ってくれる事を引き受けてくれた。
「北大です。工学部なんですが。最後に見せてあげたくて。親ばかですけれど…」
「最期の別れくらいはきちんとさせてあげたいものですよね。気持ち、わかりますよ。きっと、同じことしてただろうから。正門からはいれるといいですけど」
問題はそこだ。
一般車なら、だいたい解放してくれているが、こういう霊柩車などは、警戒されて簡単には校舎に入れないのだ。
「すみません。学校にどのような用事ですか?」
「こちらのご家族が、どうしても子供の最期に回りたいとおっしゃってまして。北大の工学部に通われていたそうなんです。どうか、今日だけ特別許してはくれませんか?」
なんとか警備員と交渉成立させてくれて、私たちは校舎に入ることができた。
「いや、助かります。本当にありがとうございます。麻弘はここに通っていたんだね」
「そうだね。こうしてみると、広い学校だね。ばあちゃん、ここが、麻弘が通っていた大学だよ」
私は一生懸命、父方の祖母に説明をした。
「立派なもんだね」
くしゃぁっとしわくちゃにして、祖母は笑った。
「そうだね。大したモンだよ」
「麻弘、見えてるか? 此処が、お前の通っていた大学だよ」
父は、麻弘の遺影を胸に、工学部の校舎を見せた。
「今日でさよならだな」
小さく、ゆっくりとした口調で話したその目尻に、うっすらと涙が滲んでいた。
「運転手さん、斎場に向かってください」
そう言葉を繋いだ。
「これで本当にいいんですね?」
ドライバーは、念を押してきた。
「はい。十分、最後のお別れができたと思います。あとは斎場へよろしくお願いします」
涙をこらえて、父がそう伝えると、ドライバーは、ファンと小さくクラクションを鳴らすと、北大から出て、斎場へと向かって車を走らせる。


斎場につくと、各々、車で向かってきたと思われる親戚や、彼の友人たち。
母方の祖母が、一時的に外泊を許され、病院から来てくれた。
「麻弘がね…、そういえば、ばあちゃんの病室に来たの。コンコンってノックするから、入りなさいって言っても入る気配がなかった。でも、あれはきっと麻弘だったんだね。ばあちゃんに最後の別れをしに来たんだね」
「きっとそうだよ。あの子も律儀だね。あ、そうそう。ばあちゃん、この人たちは、麻弘の大学の時の友人」
私は、受付にきていた弔問客の一人一人を、祖母に紹介した。
「麻弘がお世話になりました」
祖母が頭を下げると、彼の友人たちも頭を下げた。
そして、祭壇が飾られている大広間へと行ってしまった。
「私たちも行こう」
私は祖母を連れて、彼らについていく形で、大広間へと入った。
「母さん、よく無事で。疲れたでしょ。こっちで休んでいて」
「静江、真奈美はどこ?」
祖母は伯母に連れ添うような形で、親族用の控室へと案内される。
私は、祭壇に飾られている麻弘の遺影をじっくりと見つめた。
此方を見て笑っているような写真だ。
「一人だけ先に逝かないでよ。バカ…」
私は別に悪態をついたわけでもない。
でも、将来年老いていく両親を思うと、さっさと若くして逝ったように思えて、ちょっぴり、羨んだ。