私は、職場でうとうとしていた。
と言っても、お昼休みに、だ。
その時、夢の中で誰かが溺れて、助けを求めていた。
川で溺れている男の子が、胸から上を水面から出し、両腕を高く上げ、思いきり左右に振りながら、
「助けて! 助けて!」
と、叫んでいる。
そこで、私は目を覚ました。
私はとたんに胸騒ぎがして、午後からの仕事中も、そわそわと落ち着かなかった。
(まさか、誰かが亡くなったとか言わない?)
壁掛け時計の針が5時を指すのを、心の中でカウントした。
早く帰りたい気持ちにかられ、私は定時で上がると、一目散に会社から近い最寄り駅へと走った。
(あの子が……。いや、それはないよね)
ちらりと、麻弘の顔が頭の隅に浮かんだが、小さく頭を振り、その思いを否定しようとした。
だが、最寄り駅から、地下鉄に乗っている間、私の胸騒ぎが収まるところか、ますますひどくなっていた。
急いでいる時に限って、各停なので、降車、乗車を繰り返す時間さえも、本当にイラつかせている。
(この区間を飛ばせよ。ってか、さっさと乗って!)
乗客に腹を立てても仕方ないのはわかっていても、私の心の中は、イライラでいっぱいだった。
間もなく終着駅に、地下鉄がたどり着き、私はドアが開くと同時に、改札口へと小走りに向かった。
乗り継ぎのバスが来て、一番前の席に座り、バスが確定するたび、時折、
(次の信号曲がったらそのまま12条まで行け! こんなところで、停まるな! さっさと客も乗れ!)
そうイラついていた。
やっと、最寄りのバス停に停まり、私はバスから降りると、緩い坂道を早歩きで登って行く。
その間も、鼓動は早くなり、胸騒ぎを鎮めることができなかった。
やっとの思いで家に辿り着いて、一休みしようと思った矢先、PHSが鳴った。
「もしもし」
『お父さんだけど。今はどこ?』
「今は家だよ。どうしたの?」
『そうか。かけ直す』
そういって、一旦電話は切れた。
私は、単身赴任中の父親がなぜ電話くれるのか、まだ理解していなかった。
家の電話が鳴り、私はすぐに受話器を上げた。
「もしもし、どうしたの?」
『うん…。今、札幌の病院にいるんだけど…、麻弘が意識を取り戻さないんだ』
電話の向こうの父親の声は、歯切れも悪く、少々震えているように感じた。
「どういう事? だって、今日は麻弘は家庭教師のはずじゃ…」
『実は、友達と海へ遊びに行って、溺れて札幌の病院に搬送されたって連絡が来て…。もう、手遅れかもしれない』
父親は、ややつまりかけた声で、心なしか、鼻をすすっているようにも思えた。
「え…、だって、お父さん、今は小樽でしょ? どうして、札幌?」
『お父さんも連絡をもらって、車を走らせた。これから麻弘と3人で、無言で家に帰るから、幸恵は待っていて…。ごめんね』
そう言うと電話は切れた。
受話器を置くと、私はその場に泣き崩れた。
「うそ…でしょ……」
(なんで麻弘なの? 麻弘が海で溺れて、病院に運ばれても、命は助からなかったって事…?)
私は、頭の中を整理できずにいた。
私が一段落つこうと、ソファに腰を下ろした時、玄関の呼び鈴が鳴るとともに、ドアが開いて、親戚の伯母たちが中へ入って来た。
「幸恵、麻弘は?」
「まだだけど。今、病院からこっちに向かってるって…」
「ちょっと、この玄関の内側のドア外すの手伝ってくれない?」
私がぼんやりしていると、
「だって、麻弘が入って来れなくなるでしょ。だから、ほら手伝って」
「あ、うん」
私は伯母に言われるがまま手伝った。
「北の方角ってどっち?」
「えっと…、あっちかな」
私は、洗面所がある方を指さした。
「じゃ、此処に布団敷いた方がいいね。上の物干し外しておいた方がいいわ。邪魔になるからね」
伯母はテキパキと動く。
「麻弘が来てからでも遅くないんじゃないか」
叔父が車を止めたのか、ゆっくりとした口調でそう話しながら、中へと入ってきた。
「何言ってるの。それだと遅いの。あ、そういえば、ご飯はまだ?」
「ん、帰ってきてから何も食べてない」
私はそう言いながらも、とてもじゃないけど、ご飯は食べられそうにない。
「何か食べてなさい。そうしないと、身体が持たないよ?」
と言っても、お昼休みに、だ。
その時、夢の中で誰かが溺れて、助けを求めていた。
川で溺れている男の子が、胸から上を水面から出し、両腕を高く上げ、思いきり左右に振りながら、
「助けて! 助けて!」
と、叫んでいる。
そこで、私は目を覚ました。
私はとたんに胸騒ぎがして、午後からの仕事中も、そわそわと落ち着かなかった。
(まさか、誰かが亡くなったとか言わない?)
壁掛け時計の針が5時を指すのを、心の中でカウントした。
早く帰りたい気持ちにかられ、私は定時で上がると、一目散に会社から近い最寄り駅へと走った。
(あの子が……。いや、それはないよね)
ちらりと、麻弘の顔が頭の隅に浮かんだが、小さく頭を振り、その思いを否定しようとした。
だが、最寄り駅から、地下鉄に乗っている間、私の胸騒ぎが収まるところか、ますますひどくなっていた。
急いでいる時に限って、各停なので、降車、乗車を繰り返す時間さえも、本当にイラつかせている。
(この区間を飛ばせよ。ってか、さっさと乗って!)
乗客に腹を立てても仕方ないのはわかっていても、私の心の中は、イライラでいっぱいだった。
間もなく終着駅に、地下鉄がたどり着き、私はドアが開くと同時に、改札口へと小走りに向かった。
乗り継ぎのバスが来て、一番前の席に座り、バスが確定するたび、時折、
(次の信号曲がったらそのまま12条まで行け! こんなところで、停まるな! さっさと客も乗れ!)
そうイラついていた。
やっと、最寄りのバス停に停まり、私はバスから降りると、緩い坂道を早歩きで登って行く。
その間も、鼓動は早くなり、胸騒ぎを鎮めることができなかった。
やっとの思いで家に辿り着いて、一休みしようと思った矢先、PHSが鳴った。
「もしもし」
『お父さんだけど。今はどこ?』
「今は家だよ。どうしたの?」
『そうか。かけ直す』
そういって、一旦電話は切れた。
私は、単身赴任中の父親がなぜ電話くれるのか、まだ理解していなかった。
家の電話が鳴り、私はすぐに受話器を上げた。
「もしもし、どうしたの?」
『うん…。今、札幌の病院にいるんだけど…、麻弘が意識を取り戻さないんだ』
電話の向こうの父親の声は、歯切れも悪く、少々震えているように感じた。
「どういう事? だって、今日は麻弘は家庭教師のはずじゃ…」
『実は、友達と海へ遊びに行って、溺れて札幌の病院に搬送されたって連絡が来て…。もう、手遅れかもしれない』
父親は、ややつまりかけた声で、心なしか、鼻をすすっているようにも思えた。
「え…、だって、お父さん、今は小樽でしょ? どうして、札幌?」
『お父さんも連絡をもらって、車を走らせた。これから麻弘と3人で、無言で家に帰るから、幸恵は待っていて…。ごめんね』
そう言うと電話は切れた。
受話器を置くと、私はその場に泣き崩れた。
「うそ…でしょ……」
(なんで麻弘なの? 麻弘が海で溺れて、病院に運ばれても、命は助からなかったって事…?)
私は、頭の中を整理できずにいた。
私が一段落つこうと、ソファに腰を下ろした時、玄関の呼び鈴が鳴るとともに、ドアが開いて、親戚の伯母たちが中へ入って来た。
「幸恵、麻弘は?」
「まだだけど。今、病院からこっちに向かってるって…」
「ちょっと、この玄関の内側のドア外すの手伝ってくれない?」
私がぼんやりしていると、
「だって、麻弘が入って来れなくなるでしょ。だから、ほら手伝って」
「あ、うん」
私は伯母に言われるがまま手伝った。
「北の方角ってどっち?」
「えっと…、あっちかな」
私は、洗面所がある方を指さした。
「じゃ、此処に布団敷いた方がいいね。上の物干し外しておいた方がいいわ。邪魔になるからね」
伯母はテキパキと動く。
「麻弘が来てからでも遅くないんじゃないか」
叔父が車を止めたのか、ゆっくりとした口調でそう話しながら、中へと入ってきた。
「何言ってるの。それだと遅いの。あ、そういえば、ご飯はまだ?」
「ん、帰ってきてから何も食べてない」
私はそう言いながらも、とてもじゃないけど、ご飯は食べられそうにない。
「何か食べてなさい。そうしないと、身体が持たないよ?」


