私と麻弘(まひろ)は、二歳違いの姉弟だ。
小さい頃は、よく私の後をついてきていた。
可愛いなと思う事もあった。
でも、同時に、ウザったいなと思う事もあった。

「ねぇちゃん、遊ぼ」
「いいよ、何して遊ぶ?」
私は、麻弘と家の中で遊ぶ事が多かった。
「おままごとする。まーがお父さんね」
麻弘は、必ずサラリーマンのお父さんの真似事をしていた。
「じゃ、お姉ちゃんは、お母さんするからね」
「いいよ。お母さん、お腹空いた。何か作ってくれ」
「何が食べたい?」
こんな感じで、いつも母親の仕事が終わるまで遊ぶ事が日課だった。
粘土で何か作って、それを壊しては、また、何か作って…と繰り返していた。
麻弘は、ちょっと何かあるとよく泣いていた。
「幸恵(ゆきえ)はお姉ちゃんなんだから、いじめたらダメだよ」
いつも、母親に叱られていた。
麻弘は、ズルい。
自分が可愛がってくれるのをわかっている。
私は、
(麻弘なんかいなければいいのに)
そう思うようになった。
麻弘は、幼稚園に上がっても、いつも片手にタオルを握って離さない。
「小学生になっても、そのタオル離さないの?」
私が聞いたら、
「そんな事ないもん」
麻弘はむくれた。
「ほんとかな?」
私は、なかば麻弘をからかっていた。
「絶対、しないったらしない!」
麻弘はその場で地団太を踏んだ。


小学生になった麻弘は、自分の宣言通り、お気に入りのタオルは手放していた。
「夜寝る時だけ、タオルを使ったりしてね?」
「夜も使わないもん。もう卒業したの!」
麻弘は、頬をぷぅと膨らませた。
「はいはい、ごめんね」
私はくすくす笑った。
さすがに小学生になってからは、母親の前で泣くことはなかった。
私も、麻弘を泣かせたらダメ! そう母親に怒られることもなくなった。
だけど、
(あんた邪魔なんだよ)
そう心で呟くことはなくならなかった。
はたから見たら仲のいい姉弟に見えていたかもしれない。
私は、大人の前ではいい姉をしていたから。
麻弘と二人になると、
「あんた、絶対に泣いたりしないでね。あんたが泣いたら、怒られるのお姉ちゃんなんだからね?」
「うん…泣かないよ」
麻弘は小さくうなずいた。


ある冬の日の事だ。
私と麻弘は近くの公園の小さな雪山で二人でそりで遊んだ。
「ねえちゃん、疲れた」
「そろそろ帰ろうか。麻弘、乗って」
私は、そりに麻弘を乗せて、公園から家へ向かって帰ろうとした。
途中、急な坂道があって、私は転んでしまって、手からそりのひもが抜け落ちた。
「麻弘?」
私は焦った。
ついさっきまでそこにいた麻弘の姿がない。
私はそりごと麻弘がどこかに行ったと思って、必死になって公園に戻って探した。
このまま家に帰ると、母親に怒られると思ったから、私は、辺りを見渡した。
「麻弘―」
「ねえちゃーん…」
麻弘の声がする方を見ると、そこは、ワゴン車のわずかな隙間に、そりごと麻弘が入っていた。
そりが坂を滑り落ちて、きれいに、その隙間にすっぽりとはまったらしい。
子供だから、身体が柔らかいのもあって、麻弘は、前屈運動するような姿勢になっていた。
でも、どう考えても、手を伸ばしてもとうてい届く距離じゃない。
ワゴン車の後ろ側に回りこんだら、少しそりを動かすと、麻弘を取り出せるかもしれないと思った。
「麻弘、そのまま後ろに下がって」
「うん…」
麻弘は、後ろ向きで一生懸命、下がってきた。
「あともう少しだよ」
私の掛け声で、麻弘は、ワゴン車の後ろから、そりに乗ったまま後ろ向きで出てきた。
「麻弘、ごめんね」
「うん、大丈夫。ねえちゃん、ごめんね」
麻弘が謝る事ないのに、私に謝ってきたので、ちょっとびっくりした。
「歩いて帰れる?」
「うん。頑張る」
麻弘はそりから降りて、結局、私と手を繋いで家まで歩いて帰る事になった。
疲れた麻弘を疲れさせないように、そりに乗せて引っ張って歩いた私が、どじなことをしなければ、とっくに家に着いていた。
遅くなった私たちを母親は心配そうな顔をして、だけど、怒りもせずに
「お帰りなさい。ご飯の用意するから、手洗いうがいしてきなさいね」
私たちはスノーウエアを脱ぎ、手洗いうがいをすませた。
「楽しかったよ」
麻弘は、何事もなかったかのような顔をして、笑顔で言った。


北海道の小学生の夏休みは、とにかく短い。
七月二四日が終業式で、翌日から、だいたい一週間程度。
家族で海に一泊二日のキャンプをした。
私と麻弘は、砂浜で砂遊びを楽しんでいた。
その時だ、海を背にして砂いじりをしていたから、ちょっと大きな波が来て避けようとしても間に合わず、麻弘は頭からザブンと波をかぶってむせた。
「ねえちゃんなんか嫌いだ。海なんて嫌いだ」
麻弘は泣きながらわめいた。
「麻弘、怖かったね。でも、今のお姉ちゃんのせいじゃないでしょ?」
母親は、砂だらけになった麻弘を、その辺に設置していた簡易シャワーで綺麗にしながら、一生懸命になだめている。
「だって、ねえちゃんが、砂遊びしようって言うから…」
「まさか、波が来るなんて思わなかったんだもん。ごめんね、麻弘」
「許さないからね!」
麻弘は、キッと私をにらんできた。
「麻弘の好きなおかずあげるから許して」
「…そんなのでごまかせると思ってるの?」
喉をひくひくさせながら、麻弘は聞いてきた。
「だから、ごめんって言ってるでしょ」
「まぁ、まぁ、お姉ちゃんもわざとじゃないの。波はいきなり襲ってくるんだから、これからは、あまり波打ち際で遊ばない事。いい?」
「海、嫌いだもん!」
麻弘は拗ねると、なかなかすぐに機嫌を直さない。
「そうやってなさい。晩ご飯無しね」
母親はぐずる麻弘を、わざと突き放すような事を言う。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
麻弘は、今度は泣きながら謝ってきた。
しばらくして、晩ご飯の用意ができたというので、私たちはテントの前で、折り畳み式の腰掛と、テーブル代わりの小さな台に置いてあるカレーライスを食べる事にした。
麻弘の機嫌はすでに直っていたけど、私は、自分が言った事だから、麻弘に鳥のから揚げを一つあげた。
その時、麻弘はにこっと笑った。
いつも家で作っているのと違うけど、なかなか美味しかったのを覚えている。