ということで、奈々にはしばらく黙っていてもらうことにして、ステージの用意が整うまでの間、あたしはさっそく、精神統一とは名ばかりの思い出返りをはじめることにした。
思い出返り、とは、葉司との思い出を振り返るという意味なのだけれど、今回は、葉司との出会いから、学園祭で愛を告白をされるまでの、嬉し恥ずかしエピソードだ。
そういうことでもして時間をやり過ごさなければ、高まっていく一方の緊張感の持って行き場がなく、かといって、奈々と雑談をする気分にもなれないため、苦肉の策というわけである。
葉司との出会いを、残念ながら、あたしはよく覚えていないのだけれど、葉司が言うところによれば、こういうことだったらしい。
ーーー
ーーーーー
ーーーーーーー
「うー……」
高校を卒業したばかりの18歳、右も左も分からないまま都会に出てきたあたしは、その日、いつになく混んでいる、通勤通学ラッシュの電車に揺られ、軽く貧血を起こしていた。
というのも、あとからあとから乗り込んでくる乗客の波に飲まれ、吊革もつかめないど真ん中の位置に押しやられてしまい、挙げ句、身動きひとつ、取れなかったからである。


